第2回:チームを牽引するラオウの覚醒
6年目の覚醒か、狂い咲きなのか。オリックスの杉本裕太郎選手の活躍が目覚ましい。13日現在、打率.318に8本塁打、20打点と自己最高の数字を残して、4番の座まで掴んでしまった。
中嶋聡監督にとっても「嬉しい誤算」に違いない。何せ、昨年までの5年間で一軍出場は76試合だけ。この間、47本の安打で、そのうち9本が本塁打。当たれば飛ぶが、その確率は極めて低い“大型扇風機”だった。
衝撃のパワーを発揮したのは11日の日本ハム戦だった。東京ドームで行われたこの試合、初回に出番がやってくる。金子弌大投手の甘い球を仕留めると打球は左中間の最深部にある看板を直撃。推定飛距離135メートルの8号アーチはドーム規約にある「100万円直撃弾」となった。球団の日本人選手では97年のイチロー以来のメモリアル弾である。
そのイチローさんが、現役引退前に神戸で自主トレを行っていた頃、目を丸くしたことがある。「すごいデカい奴がいる!」それが杉本だった。1メートル90、104キロの巨体に目を奪われ、打撃練習の飛距離にも驚いたという。しかし、さすがは世界一の安打製造機だ。「本塁打ばかりを狙うのは良くない」とのアドバイスも忘れなかった。
「中嶋チルドレン」の筆頭格
15年のドラフト10位で入団。青学大からJR西日本と、そこそこの成績は残してもスカウトの目をくぎ付けにするほどではない。めったにいない10巡目指名も、お情けか、宝くじでも当たったら程度の評価だった。巨体を持て余し、一発しか狙わない未完の大器が新たな境地を見つけ出すまでに5年の歳月がかかった。
変身に一役買ったのはメジャーでも大砲で鳴らしたアダム・ジョーンズ選手だ。コロナ禍の昨年の自主トレ中、杉本の打撃を見て「お尻をボールにぶつける感覚が大事。両手と上半身はくっついてくるからバット(のヘッド)が出る」と指摘。腕力に頼っていた打撃から、軽く振っても飛ぶ。大きなコツを会得した。
今では、そのジョーンズを代打要員にして、4番に座るのだから驚きだ。加えて、中島監督が二軍監督時代に杉本の魅力を肌で感じていたのも大きい。「中嶋チルドレン」の筆頭格としてチームの変身に貢献している。
シーズン前の下馬評では、多くの専門家がオリックスをBクラスとした。山本由伸を筆頭に山岡泰輔、田嶋大樹に、成長著しい2年目の宮城大弥らの先発投手陣は評価しても打撃陣が手薄というのが大方の見方だった。
2年連続最下位に終わった昨年を見ても、チーム防御率はリーグ3位(3.97)だが、同打率はリーグ4位(.247)。とりわけ、首位打者の吉田正尚選手がいても前後に人材がいない。さらにチーム本塁打90本の少なさがリーグワーストの得点力不足に直結していた。そんな大砲不在の中で突如、杉本が現れたことで目下チーム本塁打38本はリーグトップ。チームにとっても最大の光明と言える。
40試合消化時点で15勝18敗7分けの5位だが、首位の楽天とは4ゲーム差。まだ悲観することはない。大黒柱の山本が思うほど白星が稼げない分は宮城が4連勝で補完する。抑え不在の現状には、阪神から移籍した41歳の能見篤史投手兼任コーチが奮闘している。こちらも嬉しい誤算だ
杉本のバットが混パを演出!?
5月に入って4本塁打と猛威を振るう杉本のバットだが、確実性も身に就いてきた。過去5年分の安打も本塁打もまとめてクリアした新大砲はこの先、どこまで暴れまくるのだろう。
もし、シーズンを通して30本塁打近くの成績を残せたら、万年テールエンドのチームは変身を遂げる。優勝とは言わないが、台風の目になる可能性大だ。
昨年、主砲・筒香嘉智選手のメジャー移籍で弱体化を心配されたDeNAでは佐野恵太選手が見事にその穴を埋めた。彼もまたドラフト9位入団の埋もれた逸材だった。パの首位を走る楽天では5月7日からの日本ハム3連戦、涌井秀章、田中将大の二枚エースで黒星ピンチもルーキーの早川隆久投手が救う。長丁場のペナントレースでは、歯車が狂ってもそれを補う人材がいるチームは強い。
「一発狙いだけでは通用しないのがこの世界。繋ぐところは繋いでいく」。
6年目で目覚めた意識改革。海の向こうではイチローさんも杉本の変身に注目していることだろう。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
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※訂正とお詫び(2020年5月13日20時50分)
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杉本選手・オリックスの成績等に誤りがございました。
大変失礼いたしました。訂正してお詫び申し上げます。