第3回:中田翔の見る地獄
「チームが負ければ4番の責任なんです」。巨人の若き主砲・岡本和真選手があるインタビューでこう語っている。球団の顔であり、屋台骨を背負う。それが4番打者に課せられた宿命でもある。
日本ハムの中田翔選手の姿が消えた。4番の座を外されただけでなく、5月17日には一軍登録を抹消。球団発表では「コンディション不良」とのことだが、栗山英樹監督就任以来、故障以外の戦線離脱は初のことだった。まさに異常事態と言える。
中田のトレードマークと言えば「レベチ」な打撃。そこいらの選手とは「レベルが違う」大砲として、昨年は自己新の31本塁打に108打点を稼ぎ出して3度目の打点王に輝いた。ところが今季は一転、バットは湿り続け、泥沼にはまり込んでしまった。
19日現在(以下同じ)、打率.197はパ・リーグ打撃成績の最下位。登録抹消前の直近5試合でも16打数1安打では、4番の仕事どころではない。指揮官の堪忍袋の緒が切れたとしても当然だろう。
伏線はいろいろあった。開幕から10試合目の4月7日。ソフトバンクに敗れ、1勝7敗2分けと記録的な不振。チームは9試合連続本塁打ゼロで、この日に大田泰示選手が1号を放つのがやっと。戦前からエースの有原航平投手が大リーグ・レンジャースに移籍して手薄な投手陣が不安視されていたが、打線も調子が上がらず勝てる材料を探すのさえ難しい状態だった。
そんな火の車状態の台所に輪をかけたのが中田の負傷だった。自身の不甲斐ない打撃に腹を立てた4番は、バットを叩きつけたばかりか、ベンチに戻る際に転倒して右目を負傷。途中交代を命じられ、翌日も欠場している。
名誉挽回、とばかりに同月17日の楽天戦では、田中将大投手から2本の本塁打を放って、チームも上昇気流に乗るかと思われた4月下旬、今度はコロナ禍がチームを襲う。西川遥輝、中島卓也、清水優心らのレギュラー選手たちが陽性判定を受け、ついには西武戦とロッテ戦が中止に。その後も主砲の完全復活はならず、4番を外され、ついには一軍登録の抹消となった。
中田の極度の不振の因を「心の病」と指摘する向きは多い。一見、強面に見える外見と違い、繊細なハートの持ち主。若手からは「大将」と呼ばれるなど、面倒見のいい親分肌だが、ひとたび自分の打撃が不振に陥ると神経質なほどに悩む。
まして、今季はチームが最下位に沈み、4番の責任がより重くのしかかる。元々、打撃の波が大きくスランプにはまると抜け出すのに時間がかかるタイプだったが、チーム不振まで背負って悪循環に陥ったのが最大の因だろう。
4番の復帰時期を問われた指揮官の歯切れは決していいものではない。
「まだ、決まっていない。体のことも含めて翔らしくないのも事実。本当にチームを勝たせるだけの内容が出せるのを待っている」。
栗山監督自身、10年目を迎える今季は、「長期政権の限界」を指摘されるなど、背水の陣で例年以上の“鬼”になると宣言している。聖域なき用兵は、中田も例外ではない。
かつて、中田のFA移籍が取り沙汰された時期がある。球団がFAに対して引き留めて来なかった経緯もあり、阪神への移籍が有力視されたが実現には至らなかった。今回の二軍落ちに関しても一部マスコミでは、セ・リーグへの緊急トレードも、と騒ぎ立てる。だが、年俸3億4000万円の大物を獲得するには、相手球団も相応の出血が必要となり、現実味は薄い。日本ハムにとっても浮上には4番の復活が必須条件だ。
それにしても、今回の中田騒動?に伴って、驚かされるのは「ポスト中田」の一番手と見られてきた清宮幸太郎選手の評価の急落ぶりである。本来なら即一軍に呼ばれてもおかしくない将来の4番候補に声はかからない。「ファームで圧倒的な成績を残さなければ上には上げない」と、栗山監督は語っている。中田不在の間は今季好調の王柏融(ワン・ボーロン)や近藤健介選手で乗り切る構え。こちらの伸び悩みも思わぬ誤算と言えよう。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)