白球つれづれ2021~第23回・ミスターの思い
長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督が6日、ファームが調整練習するジャイアンツ球場を訪れた。
シーズン中、本拠地の東京ドームにやって来ることはあっても、二軍の訪問は珍しい。しかも、この日の東京地方の天気は雨模様。最近は車椅子に乗ることも多く、コロナ禍でマスク姿ながら、周囲の心配をよそに精力的に動いた。
“サプライズ訪問”の主目的は「丸と話がしたくて」と言う。打撃不振で5日からファームでの調整を命じられた丸佳浩選手への直接指導だった。
広島、巨人と過去の5年間すべて栄光に導いた「優勝請負人」も、今年は思わぬ不振に陥っている。4日の日本ハム戦に先発出場も3打数ノーヒット2三振。打率は2割3分台に低迷し、浮上のきっかけがなかなか見いだせない。おまけに堅守を誇る中堅の守備でも、直前の西武戦でグラブに当てて弾く拙守を連発。原辰徳監督は心身のリフレッシュも兼ねて二軍調整を命じている。
親心は長嶋さんも変わらない。
「構えてから打ちに行くまでの姿勢と体重移動などについて話しました」と語る指導は、長嶋流らしく直接、丸の体に触れながら身振り手振りを交えてとどまることを知らない。
危機感のあらわれ?
今季の丸の打撃は上体がやや丸まって、バットのヘッドが中々出て来ない。したがって、速球に差し込まれたり、空振りすることも多い。そうなれば、体重移動も遅れがちになるという悪循環だ。
開幕に照準を合わせて調整してきたが、4月上旬、コロナの陽性判定を受け、戦列離脱。遅れを取り戻そうとしたが、本来の感覚には程遠いまま苦闘が続いた。5月1日の中日戦では2三振の内容を見て、試合途中に指揮官から「懲罰交代」の屈辱も味わった。そんな苦境の中で授かった長嶋さんからの金言に、丸は「光栄というか恐縮です」と感激しきり、一軍での再起と恩返しを誓った。
今季の巨人の戦いは、どこか様子がおかしい。7日現在、ファームには左太腿違和感の梶谷隆幸、右手親指骨折の坂本勇人、そして丸の各選手がいる。開幕時の1、2、3番が戦列を離れているのだから異常事態だ。投手陣では右肘違和感の菅野智之投手こそ、ようやく一軍復帰を果たしたが守護神のルビー・デラロサ投手も調子が上がらずに二軍で調整中。投打の柱を欠いてのリーグ2位は豊富な戦力層と、それを操る原監督のやりくりの賜物と言ってもいい。
先月16日、長嶋終身名誉監督は東京ドームの阪神戦を観戦のため訪れている。試合前の原監督との会話では、ライバル・阪神に触れ、「今年は手強い」と警戒感を語っている。このままの低空飛行が続くようだと危ない。そうした、やきもきした気持ちが長嶋さん、突如のジャイアンツ球場訪問と丸への熱烈指導に結びついたのだろう。
交流戦に突入後も5勝5敗と波に乗れない巨人だが、幸いというか、阪神も一時の勢いはなく、こちらは5勝7敗。交流戦前の4.5ゲーム差は1ゲーム差縮まっている。共に決め手を欠く現状を考えると、勝負は東京五輪後の後半戦の戦い次第と言える。
長嶋さんと五輪
五輪と言えば、長嶋さんには特別な思いがある。
1964年の東京五輪では、新聞社の企画で巡り合ったのがコンパニオンを務めていた故亜希子夫人。一目ぼれした長嶋さんの猛アタックでその年の秋には婚約にこぎつけている。
2004年のアテネ五輪では日本代表監督を務める予定が脳梗塞に倒れて辞退に追い込まれている。
良い思いも、苦い思いも味わった“ミスター・プロ野球”が、57年ぶり国内2度目のオリンピックをどんな思いで迎えるのか? そして、その先にある巨人の逆襲にどんな絵を描いているのだろうか?
85歳を迎えても野球への情熱に衰えはない。まだまだ精力的なサプライズを続けるに違いない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)