第4回:鍵を握るジョーカー
東京オリンピック(五輪)に臨む侍ジャパンの先発三本柱が固まったようだ。
前半戦、パ・リーグの投手部門で勝利数、奪三振、防御率の“三冠”に輝く山本由伸(オリックス)。勝ち星が伸びなかった(4勝5敗)ものの、投球内容に安定感があり、メジャーで数多くの修羅場を潜り抜けている田中将大(楽天)は予想通り。そして、3人目に有力視されているのが森下暢仁(広島)である。
150キロ台の速球に加えて、カットボールにスローカーブ、チェンジアップと、どの球種も精度が高く、稲葉篤紀監督が日頃から注目する「外国人選手に通用して、三振をとれるピッチャー」の基準を満たしている。まずは、今月24、25日に予定される強化試合が最終テストの場となるが、よほどのことがない限り、この3投手の先発を軸に投手陣は回転することになる。
これまでの国際ゲームの大舞台で、日本は強力な投手力と堅い守りを前面に戦ってきた。短期決戦の上に、対戦国投手の特徴もつかみづらいので爆発的な打撃は期待できない。パワーでもライバル国に比べて劣るケースが多いからだ。
しかし、今回の侍ジャパンは様相が違う。看板としてきた投手陣に誤算が相次ぎ再構築を直前まで迫られた。
投手陣に厚みをもたらせるか!?
本来であれば山本、田中に加えて菅野智之(巨人)、千賀滉大(ソフトバンク)の両右腕を加えて四本柱を想定していたはず。ところが菅野は5月上旬、右肘に違和感を訴えて二軍調整に入る。それでも復調を見込んで日本代表入りするが、一軍復帰のマウンドでも打ち込まれて五輪辞退を決断した。
千賀の場合は開幕直後に左足首を痛め、その後に左足首靱帯損傷と判明、長いリハビリ生活に突入した。ようやく本来の投球を取り戻し、7月6日のロッテ戦で復帰先発を果たすが、こちらも3回を持たずに自己ワーストの10失点。それでも侍首脳陣はポテンシャルの高さを評価して追加招集に踏み切った。
千賀は「こんな状態でも稲葉監督に選んでもらった」と指揮官に感謝しつつ、今のジャパンにおける自分の立場をわきまえている。
起用法については、「ここがいいとか希望は一切ない。どんな役割でもどんなところでも任されたところで思い切って投げる準備をしていく」と語る。
常勝・ソフトバンクの大黒柱にして、メジャーからも常に熱視線を受けてきた男が、最悪の状態の中で五輪を迎えるのは運命のいたずらとしか言いようがない。
先発として計算できない現状にあって、働き場所は先発が崩れた時の「第2先発」か、中継ぎあたりか。しかし、これからの短期間で調子を上げてくれば、第4、第5の先発要員として大役が回ってくるかもしれない。
また、平良海馬、栗林良吏で予定する抑え役にもしものことがあった場合には、クローザーとして抜擢される可能性もある。要は千賀の復調次第で、今大会の投手陣は厚みを増すこともあれば、不安要素としてクローズアップされることもありそうだ。
掛け替えのない経験値
仙台で行われた直前合宿。21日には千賀がブルペンに向かうと稲葉監督が熱視線を送った。76球の投球を見届けた指揮官は「非常に力強い球を投げていた」と高い評価を与えている。
一足早く開幕した女子ソフトボールでは、22日に39歳の誕生日を迎えたエース・上野由岐子投手が連投の末にメキシコを破り、連勝した。オフには一緒に自主トレを行う千賀にとって、これ以上の刺激はない。
野手陣が前回の「プレミア12」経験者を軸に選ばれているのに対し、投手陣は国際ゲーム初選出組が多い。若さは勢いをもたらすが、ここ一番の勝負ではベテランの経験値が頼りになる。“お化けフォーク”を操るドクターKが、どんな場面に登場して、どんな投球を見せるのか? チーム浮沈のカギを握る存在となりそうだ。
打線では稲葉監督が「最強の打者」と信頼を寄せる柳田悠岐選手が、脇腹痛で調整の遅れを心配されている。内野、外野に捕手まで守る「三刀流」栗原陵矢選手の出番にも注目だ。本番直前までソフトバンク勢の仕上がりから目が離せない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)