白球つれづれ2021~第33回・継承か新生か
東京五輪で侍ジャパンが金メダルを獲得した。
世界一のチームを率いた稲葉篤紀監督はこれを機に勇退。12日にはNPB(日本野球機構)を訪れ、斉藤惇コミッショナーらに優勝報告を行い祝福された。
2017年から指揮を執った稲葉時代は終わり、次の焦点は次期監督問題に移る。すでに、一部では前巨人監督の高橋由伸氏や前広島監督の緒方孝市氏、前ヤクルトヘッドコーチの宮本慎也氏、さらには栗山英樹現日本ハム監督らの名前が後任候補として挙がっている。侍ジャパンジャパンを統括するNPBでは、今後、強化委員会を中心に人選にあたっていくが、前途には数々の難問が待ち構えているのも事実だ。
最大の問題は「稲葉路線」の継承を進めていくのか? それとも新たな発想で新生・ジャパンを構築していくのか? にある。
4年間に及ぶ稲葉体制の下では「全員野球」の旗を掲げ、主力選手にもバントを命じ、走塁、守備のスペシャリストをメンバー入りさせることで強力投手陣を前面に押し立てた上に緻密な野球を推進した。指揮官自ら海外にも足を運んで敵情視察を行うなど事前の準備にも力を注いでいる。その結果が一昨年のプレミア12と今回の五輪優勝で結実した。
本来であれば、これだけの成功をおさめた稲葉流の継承は当然の流れと思うが、一部には異論もあるという。東京五輪の野球参加国は6チーム、米国はバリバリのメジャーリーガーが不参加で力量が違う事。小久保裕紀、稲葉と監督経験のない指導者が続いたが本来、代表監督は豊富な経験が求められ内外の重圧に耐えられる資質が重要となる。さらに、代表スポンサーを集める観点から‘代表の顔‘には知名度も必要というものだ。
しかし、日本代表が完全プロ化した2004年アテネ五輪の長嶋茂雄監督(大会前に脳梗塞に倒れて中畑清代行で3位)、08年の北京五輪では星野仙一監督で4位とビッグネームでも勝てなかった事実は重い。
17年に稲葉監督を選出した際に強化委員会では選考基準として「求心力」「短期決戦への対応力」「国際対応力」などを挙げている。どの競技でも強豪チームを形成するには長期的なビジョンと戦略が求められる。間違っても話題性や人気面で優先順位をつけてはならない。
不透明な先行き
ふたつ目は新チームのスタート時期である。野球の主要国際大会は大きく分けてWBC(ワールドベースボールクラシック)、プレミア12と五輪の3つ。本来なら20年に東京五輪が行われ、今年の3月にWBCが開催予定だった。しかし、コロナの影響を受け共に延期。五輪はどうにか開催にこぎつけたが、WBCは23年に開かれる予定も確かなメドが立っていない。
今秋に予定されるアジアプロ野球チャンピオンシップも現状では開催が難しい。五輪に至っては24年のパリ大会は除外が決定済みで最短でも28年の米・ロサンゼルス大会まで待たなければならない。新監督を決定しても、どこを目標にチーム編成していくのか悩ましい。
さらに、新監督にはこの先に真の世界一を目指すうえで越えなければならないハードルが待ち受ける。WBCの頂点獲りだ。
残念ながら、MLB(メジャーリーグ)は五輪に照準を当てず、WBCこそ世界一決定戦と位置付ける。第1回(06年)、第2回(09年)こそ日本が世界一に立ったが、以後の2大会は4強止まり。年々、メジャーリーガーの参加熱が高まり、米国だけでなく、ドミニカ、ベネズエラ、プエルトリコなどの中南米勢が強力なチームを編成してくる。韓国、台湾、オランダなども上位進出を狙ってくるため楽な試合はない。
今回の東京五輪では投手で森下暢仁、栗林良吏、伊藤大海。打者では村上宗隆らの若手選手が活躍して将来に明るい展望をもたらした。しかし、これだけではまだ物足りない。勝負策に打って出るなら日本もメジャーリーガーである大谷翔平やダルビッシュ有選手らの招請に打って出るべきだろう。
これまでは球団の意向が優先されて実現不可能とされてきたが、本人の強い意向があれば出場も可能という。こちらは監督と言うよりも、NPBが本腰を入れて「オールジャパン」を作れるかにかかっている。
「野球は国技」と王貞治・侍ジャパン特別顧問(ソフトバンク会長)は胸を張った。金メダルで威信を見せつけた侍ジャパンに停滞は許されない。それは同時に新監督にとって重い十字架を背負った船出となる。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)