2021.08.22 14:00 | ||||
読売ジャイアンツ | 4 | 終了 | 4 | 横浜DeNAベイスターズ |
東京ドーム |
勝負師の決断
「若い投手を1年間も投げさせないなら、俺は辞める」。
31年前、元巨人監督の藤田元司は球団に対して、そう啖呵を切ったという。1990(平成2)年春、エース格だった桑田真澄は運動具メーカーの元社員が書いた暴露本により、金品の授受が発覚。背番号18には球団史上最高の罰金1000万円と開幕から1カ月の謹慎処分が発表された。当初、球団は1年間、もしくは半年という長期間のペナルティを考えていたが、藤田監督が「桑田という才能を潰してなるものか」と、自ら掛け合い謹慎1カ月で話をまとめたのだ。
当時のチームの4番打者が現巨人監督の原辰徳である。原自身も前年に藤田が監督復帰すると、三塁から外野転向を命じられ、「お前の戻る場所はない。外野がダメならフェンスの向こうしかない」と告げられていた。自らをドラフトで引き当ててくれた恩師の断固たる決意。指揮官としての厳しさと優しさを原は藤田のもとで学んだ。
そして、2021年8月20日、63歳になった原辰徳率いる巨人は日本ハムから中田翔を獲得した。8月4日にチームメイトへの暴行問題を起こし、出場停止処分を受けていた昨季打点王の無償トレードという形での移籍。さらに直後にNPBから出場停止解除が公示され、巨人の選手として会見後、東京ドームでの練習参加し、21日には一軍登録して途中出場。22日には「5番・一塁」でスタメンに名を連ねた早すぎる展開には、解説者やファンからも賛否両論だ。
かつてプロレスラーの前田日明は「アントニオ猪木なら何をやっても許されるのか!」と叫んだが、令和になってもなおネットで繰り返される「巨人なら、タツノリならなにをやっても許されるのか」問答。今回の中田移籍で思い出したのは、原辰徳が三度目の監督復帰をした直後、『スポーツ報知』でコピーライターの糸井重里氏との対談で口にしていた「反対勢力やアンチを作ることを怖がらなくなった。それは少し成長したのかな、これまでにない自分なのかな」という発言だ。
現役時代は天下のONとの比較で頼りない4番と日本中から批判され、指揮官として圧倒的な結果を残しても大御所OBからは度々苦言を呈されている。いわば、プロ野球史上最も叩かれ続けた男が、還暦を迎えて全権監督となり、称賛も批判も人間ブルドーザーのような突進力で巻き込み、ついに「誰になにを言われようが俺は俺の王道を行く」という境地に辿り着いたわけだ。
もちろん、スポーツ各紙に報道された原監督コメント「(中田は)まだ32歳、ジャイアンツとしてはもう一度チャンスを与えるべきだと私自身も思った」という面はあるだろうが、その裏では綺麗ごと抜きの「戦力としての中田翔」を見極めるというシビアな勝負師の計算もあったはずだ。今季成績は打率.193、4本塁打と低迷していたが、年俸3億4000万円の残額は移籍先の巨人が支払う。
仮に合格点の成績を残していたスモークが、コロナ禍の影響で退団せずに前半戦に15本前後のホームランを放ち、あのまま一塁にレギュラー定着していたら、果たして巨人の中田獲得はあっただろうか? いつの時代も野球選手の運命なんて一寸先はどうなるかわからない。
成功者から学ぶべきこと
巨人は19年からリーグ連覇を達成するも、日本シリーズではソフトバンクに2年連続で4連敗。坂本勇人、丸佳浩、岡本和真らの主軸が抑え込まれるとまったく機能しないG打線。そんな一種の停滞とマンネリを打破しようとオフにスモーク、テームズ、梶谷隆幸を補強したにもかかわらず、退団や故障で今は誰もスタメンにいない。
4年連続30本塁打到達で打点王争いを独走する4番岡本和真のあとの5番を誰に託すのか、というのは近年のチームの大きな課題でもあった。今季は内外野で奮闘するウィーラーや、規定不足ながら打率.294のベテラン中島宏之の頑張りで前半戦を凌いだが、彼らはタイプ的に勝負強い中距離打者として6番・7番あたりを任せられたら、打線の厚みがさらに増す。
そこで、“救世主”兼“起爆剤”として投入されるのが中田というわけだ。32歳の中堅移籍選手がその役割でいいのかという真っ当な突っ込みは当然あるだろう。もちろん佐藤輝明(阪神)のような若い煌めく才能でチームを活性化できたら理想的だが、ご存知の通り巨人はドラフト会議のクジ運が悲しいくらいに悪い。貴婦人が昼下がりに紅茶を啜るようなナチュラルさで1位クジを外し続けている。
佐藤も村上宗隆(ヤクルト)も抽選で逃した。それをトレードで補おうと春先に実績のある先発サウスポー田口麗斗を放出してまで、大型野手の広岡大志をヤクルトからトレード獲得したのは記憶に新しい。しかし、24歳の広岡は一本立ちまでまだ時間がかかりそうだ。
というわけで、プロ14年間で打点王3度、ベストナイン5度の実績を誇る生粋のスラッガー中田には「5番・一塁」での期待が懸かる。出塁率の高い坂本、丸、岡本のあとに日本ハムで261本塁打を放った中田が控えるというのは相手バッテリーとしては恐怖だろう。22日のDeNA戦、第3打席で新背番号10は追撃の移籍後初アーチ、通算262号となる特大2ランを左翼席上段にたたき込み、巨人はその試合を引き分けに持ち込んだ。
もちろん組織の中での立ち位置も、若いチームの日本ハム時代と大きく変わる。ワッショイ……じゃなくてリアリスト原辰徳が目を光らせ、39歳の亀井善行や中島が健在で、1学年上の坂本、89年組で同い年の丸、菅野智之、小林誠司らもいる。
数年前の侍ジャパンにカメラが密着したドキュメンタリー作品『あの日、侍がいたグラウンド』の中で、日本代表の試合前に緊張しまくる小林に同い年の中田が「ちゃんと石川(歩)さんのシンカー捕れよ」と突っ込み、側にいた坂本も「いつもワンバンうまいのにジャパン来たらやたらポロポロしよる(笑)」と談笑するシーンが印象深い。良くも悪くもこれまでのような“大将”キャラではなく、いわば転職先の巨人では“32歳・平社員”として禊の再出発になる。
それって中田翔のストロングポイントでもあるグラウンド上での威圧感、プレー面の荒々しさも消えてしまうのでは……という危惧もあるだろう。そう、これからの中田には、いわば前時代的な一方的な後輩いじりや暴力といった振る舞いを正すと同時に、グラウンド上ではパ・リーグで培った中田らしさを失わないことを求められる。
他球団から移籍してきて巨大戦力に埋もれてしまう選手も多い中、結果を残し続けた小笠原道大や丸佳浩は、巨人に貢献しながらも、巨人に同化はしなかった。歴史やプレッシャーの中でも決して自分らしさ、持ち味を捨てなかったのである。
ここですべてが終わるのか? ここからまた何かが始まるのか?
32歳、中田翔。己の野球人生を懸けた巨人軍でのリスタートである。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)
(参考資料)
『ベースボールマガジン』藤田巨人甦る常勝伝説(ベースボール・マガジン社)
『読む野球』No.8(主婦の友社)