第2回:超ハイレベルな新人王争い
セ・リーグの新人王争いが風雲急を告げている。最大の要因は阪神・佐藤輝明選手を襲う大スランプだ。
「本命」佐藤に「対抗」が広島の守護神・栗林良吏投手。これが前半戦終了時、衆目の一致した見方だった。
新人離れしたパワフルな打撃でホームランを量産。5月初旬に早くも2ケタ本塁打を記録すると、同月の月間MVPを受賞。さらには6月のセパ交流戦でも5発の新人新記録を樹立するなど、阪神の快進撃は怪物ルーキーが支えたと言っても過言ではなかった。
オールスターでは新人初の最多得票で選出されると、第2戦で期待に応える特大アーチを放つ。東京五輪期間中の中断をはさんで、後半戦再開後も8月19日のDeNA戦で23号。田淵幸一氏の持つ新人最多本塁打の球団記録を52年ぶりに塗り替えた。このペースなら30本はおろか、40本の大台到達も夢ではないと誰もが思ったに違いない。ところが、この直後から大異変が起こる。
湿ったバットからまったく快音が聞かれない。8日終了時点(以下同)で33打席ノーヒット。9月に入ってからは7打数無安打6三振と惨憺たる有様で、ついには先発メンバーからも外れてしまった。一時は.280台まで上昇した打率は「.255」まで急降下。これでは首脳陣の信頼も得られない。この間、自ら打撃指導に当たった矢野燿大監督も「あいつが(先発を)奪い取ればいいんじゃないの?」と、厳しく言い放っている。
突如、ぶち当たった大きな壁。阪神OBで二軍監督も務めた掛布雅之氏は、不振の原因を「右膝の突っ張り」にあると指摘する。左打者にとって投手側にある右膝に柔軟性を欠くため、上半身だけのバッティングになっているというのだ。別の評論家も「上半身に力が入りすぎてバットが波打っている」と語る。
佐藤の最大の弱点は内角高めと、外角低めと言われてきた。ここへ来て、ベース板近くで落ちるボールや高めの悪球にも空振りが目立つ。上体が泳ぎ気味になるのを残そうとするので、右膝が突っ張る。いきおい、上半身だけに頼ってスイングするから精度が落ちる。今では打席で迷いが見られるため強打者の迫力も影を潜めている。かなりの重症だ。
カギを握る残り終盤戦の印象
これだけ春先から注目を集め、数字も残してきた大物ルーキーだから、精神的や肉体面の疲れもあるだろう。相手チームのマークも「五輪ブレーク」の約1カ月の間に再度、研究されたのだろう。元々、本塁打か三振かの粗削りなパワーヒッターだから、好不調の波はつきものだ。
しかし、シーズンも終盤を迎えて激しい首位争いを展開するチーム事情を考えると、ある程度の確実性を取り戻さないとベンチの信頼も回復してこない。順風満帆にきた佐藤の新人王レースも、まさにこれからが正念場を迎える。
今年の新人は大豊作と言われる。セ・リーグだけを見ても、佐藤以外に広島の栗林はすでに23セーブを挙げて、防御率は「0.47」と抜群の安定感だ。侍ジャパンの守護神も任されて金メダル奪取にも大きく貢献している。現時点では佐藤を逆転して大本命と評価していい。
DeNAの牧秀悟選手は、8月の阪神戦で新人初のサイクル安打を記録するなど勝負強い打撃が光る。打率、本塁打、打点の各部門で佐藤と遜色ない活躍ぶりだ。他にも阪神では伊藤将司投手が7勝をマーク。中野拓夢選手もリーグトップの22盗塁と気を吐いている。レベルの高い戦いは残り試合の働き次第で大きく変わる可能性もある。
ちなみに新人王の選出方法は、新聞・テレビ・ラジオ・通信社などマスコミ各社の5年以上プロ野球を担当している記者による投票で決まる。
直近10年のセ・リーグ新人王は最多が広島(野村祐輔・大瀬良大地・森下暢仁)の3人。次いでヤクルト(小川泰弘・村上宗隆)、DeNA(山崎康晃・東克樹)の各2人。10人中投手が7人選出されているが、今年はどうなるか。
怪物・佐藤の失速も手伝って、俄然混戦模様となったセの新人レース。こちらもペナンレース同様、最後まで目の離せない戦いとなりそうだ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)