10月連載:100年に1人の男・大谷翔平の衝撃を検証
エンゼルス・大谷翔平選手の21年シーズンが幕を閉じた。
最終戦となった3日(日本時間4日)のマリナーズ戦で46号本塁打を放ち、打点も「100」の大台に乗せた。ホームラン王こそ逃したが、打者で100安打、100得点、100打点に、投手で100投球回と100奪三振の「100×5」を達成したのは史上初の快挙。二刀流の凄さを全米に知らしめた大谷は、全シーズン終了後に発表されるア・リーグMVPの最有力候補と目されている。
投げて、打って、走ってのプレーだけでなく、人間性まで含めて世界中を虜にした27歳の日本人は、どんな革命をメジャーリーグ(以下MLB)にもたらし、社会の見方まで変えたのか? 衝撃のシーズンを振り返ってみる。
第1回:大谷翔平が米国もたらしたもの
9月、世界的な有力誌『TIME』は、「世界で最も影響力のある100人」に大谷を選出した。野球選手では2007年に台湾出身でMLBでも活躍した王建民投手以来2人目。単に米国にとどまらず、世界中で注目を集めた証である。
10月には、これまた著名な『スポーツ・イラストレーテッド』誌が大谷特集を掲載している。毎年秋になるとMLBよりアメフト(NFL)やバスケ(NBA)に関心が移る本場のスポーツ界でも、大谷がいかに特別な存在なのか、窺い知ることが出来る。
日本の新首相である岸田文雄氏を知らなくても、「ショウヘイ・オオタニ」の名前は全米中に知れ渡っている。
『スポーツ・イラストレーテッド』誌では、文中に「井の中の蛙、大海を知らず」という日本のことわざを引用して、大谷がもたらした二刀流の効果にこう言及している。
「MLBで長くタブー視されてきた二刀流は、日本からもたらされた」。
さらに、「彼はベーブ・ルースではない。もっとすごい」と、MLBで神格化されてきた伝説の野球王の上を行く存在と、最上級の評価を与えている。
これまで、野茂英雄、イチロー、松井秀喜氏らが日本人メジャーリーガーとして日米間の高い垣根を越えていった。だが、それは「日本人にも凄い奴がいる」という程度の認識だったが、今季の大谷には本場のスーパースターたちも最大限の敬意を表し、ひれ伏している。まさに「100年に1人」の存在となった。
グラウンド外にも波及した大谷効果
大谷への驚きは、グラウンド外のあちらこちらでも見られた。
「ビッグフライ・オオタニサン」で始まった実況中継や地元紙の見出しも、怪物度を増すごとに“ビースト(怪獣)”や“ユニコーン(幻の一角獣/現実離れした存在の意)”などスケールアップ。NBAの現役最強プレーヤーであるケビン・デュラント選手までツイートで「違う生き物だ」と伝えている。
超人的な活躍が続くと、レポーターたちは伝える表現がなくなり、日本人記者の下へ日本語を学びにきた。
「SAYONARA AGAIN」
「JA-MATANE」
「UCHIMASHITA」
まるで、日本語教室のような実況が飛び出している。スタンドでは米国人女性が「私とデートして」「愛してる」のボードを掲げて応援。大谷がグラウンド上のゴミをさりげなく拾うと、「何ていい奴なんだ」と賞賛の声が寄せられる。「SHO TIME」は確実に日米間の文化認識にまで影響をもたらした。
大谷の功績はベーブ・ルースを思い出させただけではない。本塁打と盗塁を重ねるごとに、W・メイズ、B・ボンズやA・ロドリゲスなど、往年のスーパースターとの比較が紹介される。まるで、野球殿堂に足を踏み入れた感覚さえ覚えるのだからファンにとってはたまらない。
MLBは4日(日本時間5日)、公式サイト内で、大谷のハイライト映像が最も多く視聴されたと発表。全体の視聴時間も歴代トップを大幅に更新している。
近年、米国でも野球人気の低下が叫ばれている。加えて、コロナ禍による影響で球団経営は悪化、社会的にも閉塞感が覆っていた。こうした苦境の中で大谷の超人的な活躍が救世主の役割まで果たしている。
「ショウヘイ・オオタニの名前は現代野球における二刀流の祖として語り継がれていく。もうひとつは、これから二刀流に挑む者はルースではなく、オオタニと比較される」。
上記は、日本のスポーツ専門誌『ナンバー』に寄稿したライターのトム・ベルドゥーチ氏による大谷論の一部である。ベースボールの常識を覆し、日本野球への見方も変えた空前絶後の1年である。
このほど、今年度のノーベル物理学賞を真鍋淑郎氏が受賞した。日本気象学の神様と言われる90歳は、米国に渡って研究を続ける自らの生き様を「好奇心と飽くなき探求心」と語っている。
大谷にとっても二刀流を極めるために、更なる探求の旅が始まる。どんな言葉を用いても表現できない現状を考えた時、我々はもう一度、日本語の勉強を始めなければならないのかもしれない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)