名勝負に決着
勝者の涙はいつだって美しい。週末のスポーツ界は、至る所で涙が溢れた。
女子ゴルフでは年間賞金女王に輝いた稲見萌寧プロと今季最終戦で初優勝を飾った三ヶ島かなプロが歓喜に酔いしれる。競馬のビッグレース、ジャパンカップではコントレイルのラストランを優勝に導いた福永祐一騎手が、大任を果たして号泣。そしてヤクルト20年ぶりの日本一も涙に彩られた。
青木宣親が、山田哲人が、村上宗隆が。まだいる。石川雅規、中村悠平、川端慎吾が寒風吹きすさぶ神戸で人目も憚らず男泣きした。
オリックスとの日本シリーズは6戦すべてが2点差以内の接戦続き。2年連続最下位に喘いできた。このシリーズも評論家の見立ては圧倒的にオリックス有利の予想である。長い屈辱の時期をはね返し、決着もまた5時間に及ぶ死闘だった。
近年、稀に見る面白い戦いだったことに異論はない。だが、選手にとっては緊張の連続と接戦をモノにした安堵感が同時に押し寄せたに違いない。近年、パ・リーグの軍門に下ってきたセにとっても9年ぶりのうれし涙となった。
試合終了は午後11時5分。気温は6度まで下がっていた。そんな寒さも忘れる優勝会見は神戸市内のホテルで、日付の変わった28日午前1時18分から始まったという。異例づくめの展開は思わぬ珍事も引き起こしている。多くの新聞のテレビ欄では28日、すなわち第7戦の放送予定が掲載されていた。
種明かしをすれば、多くの全国紙は早版、後版を刷り分けている。早版は午後11時頃に刷了となるため、変更が不可能だったと言うわけだ。これもまた予測不能な今シリーズを象徴する出来事だった。
日本一に導いた高津采配
「感謝、感謝、感謝」の表現で喜びを表した高津臣吾監督は、「野村(克也)監督の言葉を拝借した」と恩師の名前を挙げて照れたが、どうして野村流にも劣らぬ名采配でチームを頂点に押し上げた。
特に決着となった第6戦の用兵は際立っている。
オリックスの先発は沢村賞男の山本由伸。これに対して大方の予想では初戦に投げ合った奥川恭伸投手と思われたが、指名したのは高梨裕稔投手。この時点では第6戦の敗戦をある程度は覚悟して最終戦に奥川と第2戦完封勝利の高橋奎二投手の二枚看板での大勝負が透けて見える。
大胆かつ、先も見越した高梨起用だったが、4回二死まで1失点の好投を見せると、今度は鬼気迫る継投策に打って出る。アルバート・スアレス、清水昇、田口麗斗投手が要所を締めて延長戦に持ち込むと、10回途中からスコット・マクガフ投手に決着を託した。このシリーズでは二度の救援失敗を繰り返しても、信頼して送り出す。監督自身が現役時代は守護神として働いてきたからこその決断力である。
攻撃でも全員野球をうまく引き出している。延長12回二死から代打の切り札・川端を起用すると、決勝の左前適時打。それ以前に何度か川端の出番を探ったが、究極のここ一番まで引っ張った勝負勘が見事だ。逆にオリックスはこれまた代打の切り札であるアダム・ジョーンズ選手を効果的に使いたかったが、9回裏二死二塁の場面で申告敬遠。できる事なら、歩かせられない場面での勝負が見たかった。
ファミリー集団の最高形
ヤクルトとは不思議な愛すべきチームである。最下位を繰り返しても翌年は優勝が珍しくない。「年齢に関係なく話せて、相談にも乗ってくれる。家族みたいに居心地のいいチーム」と塩見泰隆選手は語る。いわゆる「ファミリー集団」は時としてぬるま湯体質が指摘されるが、ひとたび波を掴むと結束力のある全員野球に転化する。そこに高津監督の粘り強い人材育成とファイティングスピリットが加味されて、大輪の花を咲かせた。
フロントの後押しも忘れてはならない。昨年オフ、球団は大きな岐路に立たされた。山田、小川泰弘、石山泰稚の主力3選手がFA権を取得、他球団からも熱視線を送られている。ここで山田に年俸5億円の7年、小川に同2億の4年、石山にも1億5000万の4年契約を提示、総額50億円近い巨額投資で流失を防いだ。
青木、石川らのベテラン、山田、中村らの中堅、そして村上や奥川らの若手とバランスのいいツバメ軍団が形成できているのも、心強い。
球史に残る日本シリーズは前年最下位のチーム同士が、覇を競いヤクルトに軍配が上がった。逆境からの脱出。コロナ禍にあえぐ世相に勇気を与える野球界のフィナーレだった。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)