白球つれづれ2022~第8回・キャンプで注目を集める「10年に1人の逸材」
北京冬季五輪が閉幕した。
日本チームは冬季史上最多となる18個のメダルを獲得して健闘。だが一方で、スキージャンプで高梨沙羅選手のスーツ規定違反による失格問題や、フィギュアスケートではカミラ・ワリエワ選手(ROC)のドーピング問題で揺れるなど、競技以外でも何かと問題の多い大会だった。
最終日の模様を大々的に伝える21日付スポーツ紙の野球面トップを飾ったのはロッテの高卒ルーキー・松川虎生捕手だ。オリンピックがなければ、間違いなく1面だったに違いない。それほど18歳の「大物君」に今、熱い視線が注がれている。
20日に沖縄・浦添で行われたヤクルトとの練習試合に「六番・捕手」で3試合連続出場すると、非凡な才能が存分に発揮された。ヤクルト先発の奥川恭伸から右前打を放つなどマルチヒットを記録。
これで4試合に10打数4安打の打率4割、守っても技巧派左腕の佐藤奨真を好リードで3回を無失点に抑える。さらに、国吉佑樹のワンバウンドになるフォークを、しっかりと処理するなど高卒ルーキーとは思えないそつのなさを発揮した。
前日の対日本ハム戦では先発した佐々木朗希の163キロ快速球を難なく捕球して好リード。これには井口資仁監督も「すべてに平均値が高い」と舌を巻く。
「谷繁を彷彿とさせる」
昨年のドラフトではDeNAに入団した小園健太投手と共に1位指名。同一高校(市和歌山高)バッテリーの同時1位として話題を呼んだ。しかし、注目度はエースである小園の方が上。強肩強打の捕手として全国区の評価を受けていた松川の場合は「将来の正捕手候補」と言う位置づけだった。
ところが、自主トレ段階から大物ぶりを発揮する松川に首脳陣は石垣島、沖縄・糸満と続く一軍キャンプに抜擢、そんな期待をも上回るすべり出しに開幕一軍まで視野に入ってきた。
平成以降で開幕一軍入りを果たした高卒捕手は1989年の谷繁元信(大洋)と06年の炭谷銀仁朗(西武)の2人だけ。もし、松川がそこに名を連ねたら大物捕手の資格を手に入れるに等しい。
捕手として長く活躍した野球評論家の田淵幸一氏は「谷繁を彷彿とさせる」と文句なしの評価を与えた。
21日付スポニチの紙面では守備面のスキルの高さを指摘。捕球に際して「左手首が強いからミットがぶれない。プロでもぶれるキャッチャーが多いのに、ピタリと止める」。さらにリード面でも投手の特徴を把握した巧みな配球に目を見張った。
好捕手に求められる条件は多岐にわたる。田淵氏が指摘するように的確なキャッチングや投手を引っ張るリート面。他にも打者の心理を読み取る洞察力、相手走者の進塁を許さない強肩に、故障に強い頑健な体力。加えて強打まで備わっていれば申し分ない。
これだけの高いハードルを高卒ルーキーがクリアするのは至難の技だが、現時点で松川は、かなりの部分で一軍捕手のレベルに近いと言ってもいいだろう。
高卒ルーキー捕手が一軍切符を掴み取れるか
ロッテの「捕手戦争」は混迷状態にある。近年、正捕手の田村龍弘が故障などで出場が減り、佐藤都志也、加藤匠馬、柿沼友哉各選手らがその座を競うが決め手に欠けているのが現状だ。
そんな中で、刺激剤の意味もあって松川を抜擢したら、予想を上回る活躍で、一気にライバルたちを脅かす存在にのし上がってきた。
「最初は経験をと思っていたが、勝負させる位置にいる」と井口監督も嬉しい軌道修正を口にする。
すでに練習試合では何度も盗塁を阻止する強肩を披露。本塁から二塁への送球は1.8秒を記録する強肩。高校時代に通算43発の強打は、「現時点で打順は安田(尚憲)より上でもいいくらい」と指揮官はベタぼれ。今すぐ、二軍で英才教育に回す理由は見当たらない。
今後、二軍で調整中の田村や柿沼が一軍に合流予定、ここから本当のサバイバル戦が始まる。開幕へ向けて、高度なチームプレーの確認や投手陣との信頼関係、相手チームの分析などルーキーには習得すべき課題は多い。だが、松川にはそうした難問さえ軽々と超えてしまいそうなポテンシャルの高さを感じる。
12球団を見渡しても開幕時の正捕手が確定しているのは甲斐拓也(ソフトバンク)森友哉(西武)中村悠平(ヤクルト)に、木下拓哉(中日)くらいか。
それほど、捕手と言うポジションを固定するのは難しい。
念願の開幕一軍へ、勝負の時。「10年に1人の逸材」と言われる大物ルーキーが今の勢いそのままに一軍切符を掴み取りに行く。その先にあるのはレギュラー獲りか、球界を代表する名捕手か。
いずれにせよ、今春、最も目の離せない18歳である。文句なしにスポーツ紙の1面を飾る日も近い。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)