第4回：“大谷ルール”採用に見え隠れするMLB側の思惑

　“大谷ルール”が、今季から採用されると言う。

　22日（日本時間23日）複数の米メディアが報じたもので、すでに大リーグ機構と選手会が基本合意に達し、今季からの導入が見込まれている。

　同ルールは、打順に入った先発投手が降板後も、指名打者として出場を続けられるもの。実質上は大谷翔平選手（エンゼルス）のために設けられるルール改正だ。

　昨季を例にとれば、6月30日のヤンキース戦で2番・DHで先発した大谷は2／3回7失点で降板。打者としても1打席で交代している。本来ならアリーグでは打席に立つ必要のない救援投手も打席に立つこととなり、二刀流のデメリットも浮き彫りとなった。だが、新ルールなら降板後の大谷が外野手に回ることなく、そのままDHとしてプレー続行が可能になる。エンゼルスにとって、大きな朗報となる。


　今季からはナリーグでもDH制が採用される。昨年ならナリーグとの対戦では先発以外の試合では控えに回ることの多かった大谷だが、ここでも打席増が見込まれ新ルールでさらに活躍の場は広がる。

　昨年の大谷の打席数は639に対して、本塁打王を獲得したゲレーロJr.（ブルージェイズ）は665打席。しかもシーズン終盤には大谷との勝負を避ける敬遠策も目立ったが、今季は主砲のマイク・トラウト選手がケガから復帰するので、打席数も勝負してくるケースも増えるはずで、大谷にとっては、すべてがプラスに働きそうだ。

大谷にとっては“追い風”になるルール改正

　こうした“大谷ルール“にはMLB側の思惑も見え隠れする。

　昨季、ベーブルース以来100年ぶりの本格二刀流として話題を独占した大谷は投打の活躍でアリーグMVPを受賞。一躍、「メジャーの顔」として脚光を浴びた。同時に、大谷のように二刀流を目指す選手も現れている。こうした動きを人気、話題面でも増やしたいのがMLBの狙い。23年からは、極端な内野シフトを禁止する新ルールも導入が内定している。これだけで大谷の打率は2～3分上昇すると見られている。いずれも大谷にとっては“追い風”となりそうなルール改正である。

　一方で、メジャーのオープン戦では、画期的なテストが始まっている。電子機器によるバッテリー間のサイン伝達だ。

　捕手が数字のボタンのついた端末を操作して投手に伝えると、帽子にレシーバーを装着した投手と二塁手に音声でサインが伝達される。すでにマイナーリーグでは昨年から実験採用されて、スピードアップやサイン盗み対策として有効とされている。近い将来にメジャーでも採用される可能性は大きい。

　また、今季から3Aではストライクの判定を行う「ロボット審判」の導入も現地メディアが報じている。従来の審判の個人差をなくし、弾道測定器「トラックマン」による自動判定システムを使用。コンピュータによる判定結果を、球審が受信してコールする仕組みだ。こちらもファームのテスト期間を経て、メジャーでも導入の運びとなりそうだ。

野球人気の低落に対するMLBの危機感

　MLBと選手会と言えば、今月上旬まで紛糾した労使交渉の泥沼化が記憶に新しい。だが、一方で両者によるベースボール改革の意識は高い。毎年のように新たなルール改正の試みがファームで実験的に行われ、その後にゴーサインの出たものはメジャーで採用されている。

　その要因となっているのは、野球人気の低落に対する危機感。米国では国民的スポーツのベースボールも近年はアメリカンフットボール（NFL）やバスケットボール（NBA）の後塵を拝している。時間的制約のある前記競技に対して、野球は投球間が長かったり、サインの煩雑化などで3～４時間ゲームも多く、現代社会のテンポに合わない。

　高額のサラリーを要求する選手会は選手の保護を目的に、経営者側は新たな魅力を発信するために新ルールへの模索を続ける。人気回復の秘策として“大谷ルール”が新設され、スピードアップ策としてAIも活用する。

　メジャーの改革は驚くべきスピードで進んでいる。

文＝荒川和夫（あらかわ・かずお）