「思うように過ごせなかった」春季キャンプ
ようやく手にした1勝に自然と頬が緩む。
甲子園球場で行われた4月28日のドラゴンズ戦。今季初勝利を手にしたタイガースの秋山拓巳は、ずっと我慢の時間を過ごしてきた。
「開幕1カ月、なんとかしのいで、暖かくなるにつれて良くなればなと……」
そんな言葉を聞いたのは、開幕を数日後に控えた時だった。
プロ野球選手のほとんどがシーズンに合わせて緩やかな上昇曲線を描きながらピークを持っていくのが自然な流れだが、秋山のそれは違った。いや、描きたくてもできなかった。
「痛いし、膝は上がらないし、伸びないし、(土を)蹴られないし……。キャンプを思うように過ごせなかった」
誤算があったのは春季キャンプ。2018年に手術した右膝に鈍痛を感じた。
軸足の“異変”は投球フォーム、調整プラン、すべてを狂わせた。
昨年まで2年連続で2ケタ勝利を挙げ、チームでは主力の扱い。競争の身ではないものの、そこにはシーズンで結果を残すという責任が伴う。少しの焦りと不安を抱えながら、沖縄での2月を過ごした。
「沖縄から帰ってもこの痛みが続くなら(検査など)相談しないといけなかったぐらいでした」
月も場所も変わり、ようやく開幕を照準にピッチを上げ始めた。2月にできなかった走り込みの量を増やし、実戦登板を重ねた。
ようやく上向き始めた“曲線”
シーズン初戦は開幕2カード目、3月30日の敵地での広島戦。6回途中3失点と粘投も、黒星を喫した。
2戦目も場所を甲子園に移しての同カードだったが、3回7安打6失点でKO。想定外だったのは、翌日に二軍降格となったことだ。
開幕9連敗のチーム事情もあったのかもしれない。首脳陣は一軍で登板機会を与えて上昇を待つのではなく、再調整の時間を設けた。
秋山本人も、気持ちを切り替えた。
1カ月先の昇格を見据えて実戦マウンドから離れ、コンディショニングに専念。だが、そんな矢先に一軍の先発要員だった小川一平が右肘の張りで登板を回避。ローテーションに穴ができた。
すぐに秋山の電話が鳴った。「秋、いけるか」。一軍首脳の問いかけに「いけます」と即答した。
期せずして訪れた復帰戦は、調整登板を経ず中18日。「自分で投げるって決めたんで。弱気にならないように」と覚悟を決めて腕を振った。
先制点を許しながら、粘って5回5安打2失点。66球での降板は主戦投手として不本意でも、ようやく踏み出せたプロ13年目の第一歩だ。登板後、自身のツイッターに記した「勝つってめちゃくちゃ嬉しい」は偽らざる本音だろう。
翌週は一転、今季初の中5日と登板間隔を詰めて挑んだ4日のスワローズ戦は6回途中3失点で2敗目。勝ち負けは一進一退でも、記者席から感じるストレートの伸びと球威は1カ月前とは明らかに変わってきている。
ようやく上向き始めた“曲線”。あとは結果で体現していく。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)