白球つれづれ2022~第19回・スタイルを崩さずに哲学を貫き通した山川穂高の復活劇
野球の華は、やはりホームランだ。
ゴールデンウイークに野球ファンの目を釘付けにした男たちがいる。ひとりはヤクルトの村上宗隆選手。巨人との首位攻防戦で何と2試合連続の満塁本塁打で首位躍進の立役者となった。そして、もう一人が本稿の主役・西武の山川穂高選手である。
8日の日本ハム戦では13、14号の固め打ちで5打点。目下、本塁打と打点(31)はリーグ二冠、さらに規定打席不足ながら打率も.372で“隠れ三冠王”と存在感は際立っている。
開幕直後の日本ハム戦で走塁中に右脚太腿裏の軽い肉離れで14試合を欠場してこの数字は驚異的だ。
出場試合で計算するとホームラン量産は1.57試合に1本のペース。長打率は.974を数え、OPS(出塁率と長打率を足したもの)は1.564と群を抜いている。
ちなみに、目下リーグ3位につける西武だが、山川の欠場した14試合の成績は3勝10敗1分けに対して、出場時は15勝7敗。もし、故障がなければ、もっと首位の楽天に肉薄していたことになる。
「全打席でホームランを狙っている。僕の場合はホームランの打ち損ねがヒットの感覚」。これが天才アーチストの矜持である。
通常、ヒットの延長線上に本塁打がある。過度の一発狙いは指導者から注意されたりするものだが、山川は自分のスタイルを崩さずに哲学を貫き通して来た。
直近2年間の屈辱が復活のバネになっている。
18、19年の本塁打王も一昨年は右足首の捻挫、昨年は左太腿裏の肉離れで不本意な成績に終わった。今季もいきなりアクシデントに見舞われたが、大事を取る首脳陣の判断で早期の戦列復帰につながった。
シーズンオフに、自らの打撃を見つめ直して大きな改造に着手している。
一つ目は「お尻で振る」。要は下半身主導で体の軸をぶらさずに振り切る。そして、もう一つがミートポイントを従来よりも投手寄りに戻した。
確実性を上げるために、ポイントを体の近くに置いたが今度は詰まって、本来の飛距離が出なかったのだ。
天性のアーチストにしか踏み込めない本塁打の極意
取り戻した感覚は打撃内容にも表れている。
3日のロッテ戦で放った10号、6日の日本ハム戦で記録した12号はいずれも厳しい内角球を技ありの技術でスタンドまで運んだもの。この数年、詰まったり、空振りの目立った内角球を克服できているのも、下半身の安定とヒットポイントを改良した成果の表れだ。
そんな“絶好調男”の前に日本ハムのBIG BOSS、新庄剛志監督が万波中正選手を連れてやってきたのは8日の試合前のこと。本塁打の極意を惜しげもなくライバル球団の未完の大器に伝えた。
「敵だから教えないと言うのはない。(天性の)長距離打者と言うのはなかなかいない。(万波が)あの体を上手く使ったら勝てなくなると思うけれど、12球団の良い打者を見るのは楽しい」と臨時教室にも納得。
シーズンオフにはソフトバンクのリチャード選手が弟子入りするなど、将来性豊かな若手の“山川詣”は今後も続きそうだ。
「ホームランの威力は本当に大きい。一振りで仕留められているし、自信を持って打席に入っている」と辻発彦監督も最大級の賛辞を送る復活劇はベンチの立ち位置からも見て取れる。
ここ数年はベンチの隅の方に座っていた主砲が、今季は首脳陣の前にどっしりと構えている。声もよく出ている。充実ぶりがわかるだろう。
“隠れ三冠王”の話題には「どうせ、2割6分くらいに落ちますから」と興味を示さないが、本塁打と打点には色気十分。「ホームランと打点は減ることがない。どん欲に積み上げていきたい」と言う。
かつて、世界のホームランキング、王貞治氏(現ソフトバンク球団会長)が語ったことがある。
「ホームランを打った瞬間に、野球のすべての動きが止まる。自分だけの世界がそこにはある」。
天性のアーチストにしか踏み込めない領域を山川は体現している。
公称103キロの巨体と卓越した技術から放たれる飛距離は圧倒的だ。しかし、巨体故に体にかかる負担も大きく故障の原因ともなってきた。目下、向かうところ敵なしの山川に、今後の不安があるとすればケガの再発だろう。
もっとも、ヒットの約半分が本塁打なら故障のリスクも減る。山川が一発を見舞えばチームは11連勝。
まだまだ、そのバットから目が離せない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)