「素晴らしい勝利」
4カ月前の忌まわしい悪夢を豪球で振り払った。
“別人の投球”とは、まさにこのことだろう。8月7日、敵地・マツダスタジアムで最終回のマウンドに仁王立ちしたのは、タイガースのカイル・ケラーだった。
2点リードの場面で登板。先頭の秋山翔吾を2球で追い込むと、オール直球勝負で最後は153キロ。空振り三振に仕留めると、ライアン・マクブルームも129キロの落差あるカーブで3球三振と寄せつけない。
坂倉将吾には中堅フェンス前まで運ばれたものの、3つ目のアウトが近本光司のグラブに収まった。両軍合わせて29安打の乱戦。広島の攻撃で、この夜唯一の三者凡退だった。
「チーム全体での素晴らしい勝利だと思う。(序盤は)負けてはいましたけど、ブルペンが粘って、野手が逆転して本当に素晴らしい勝利」
来日初セーブをマークした助っ人右腕は、投打一丸でつかみ取った白星を噛みしめた。
前夜に4失点で救援に失敗した岩崎優の3連投を回避したため巡ってきた代役の守護神だったが、本来そのポジションに座っていたのはこの男だった。
闘い続けた助っ人右腕
「ケラー」という名前は、ファンの間でずっと“負の象徴”のように扱われてきた。
3月25日のスワローズとの開幕戦。1点差の9回に2被弾を食らって、チームは最大7点あったリードを守れず痛恨の黒星スタートとなった。
7回3失点と力投していた藤浪晋太郎の白星を消し、チームもそこから開幕9連敗……。
2度目の登板となった4日後のカープ戦でも、2失点で逆転サヨナラ負け。その2日後、早々と二軍降格が決まり、クローザーの座から転落してしまった。
当時は直球の球速のアベレージも140キロ台後半。コロナ禍で来日が遅れたため、日本でキャンプを行えず調整不足は明らかだった。
そんな中で開幕守護神を託され、本人も「早くしびれる試合がしたい」と意気に感じていた。
ただ、結果は伴わず防御率33.75での登録抹消。プライドは多少なりとも傷ついたはずだが、ファイティングポーズは崩さなかった。
“33.75”からの逆襲
ファームでは直球とカーブがほとんどだった配球を見直して、新球のスプリットを習得。二軍で13試合連続無失点を記録するなど、日を追うごとに元メジャーリーガーの輝きを取り戻した。
途中でコロナ感染での離脱もあったが、6月の再昇格後は14試合で失点したのはわずか1試合。覚えたスプリットが必要ないほどに直球の球威とカーブのキレが増し、奪三振率は16.20と無双している。
「本当に3月(=29日のマツダでの試合)は自分のせいで負けてしまったので、やり返すという意味では今日はそれができたので嬉しい」
人柄が感じられるコメントには、ファームで再起を期した2カ月の努力の日々もにじむ。
“33.75”から始まった日本でのチャレンジは、ようやく熱を帯びてきた。戦犯から救世主へ。“復肩”を果たした豪腕が頼もしい。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)