第3回:史上最年少の若さで高みに上った「神様」
やはり、神様は我々の想像を超えたところにいる。
村上が13日の巨人戦で54、55本塁打の固め打ち。あっという間に王貞治氏の持つ日本選手最多本塁打記録に並んだ。
9日の広島戦で53号を放ってから、わずか4日後、しかも前日にはDeNAのエドウィン・エスコバー投手から右太腿に死球を受けて当日の出場さえ危ぶまれていた。
そんな“産みの苦しみ”などどこへやら。快挙の瞬間、神宮球場は敵も味方もなく大歓声が包み、感動に酔いしれた。
54号は巨人・菅野智之投手の内角高めを右翼席に、そして55号は大物ルーキー・大勢投手の外角速球を左翼へ技ありの一発。飛距離も申し分なければ、一瞬の判断で左右に打ち分ける技術も非凡すぎる。これぞ、村上の凄さが凝縮されたホームランだった。
試合中も、試合後も大記録を達成したと言うのに、浮かれた姿はない。ゲームに敗れれば、4番の仕事を果たしたことにならない、と言う哲学が村上にはある。これもまた22歳とは思えない怪物たる所以だろう。
自身の持つ日本選手最多本塁打記録に並ばれた王貞治氏(現ソフトバンク球団会長)からは早速、祝福のメッセージが寄せられた。
「飛距離が凄い。まだ5年目であれだけ強烈なことをやってのけるというのが、また凄いと思う」
王さんが55本塁打を放ったのはプロ6年目の24歳。現役通算868本の本塁打を記録した不世出のホームラン王はさらに、こうも続ける。
「最近は相手もデータ、データで研究してくる。今は分業制だから(左キラーや抑えの)専門家も出て来る。それでホームランを量産するのは、我々の時代より難しい」
さらに付け加えるなら、投手のスピードと球種の多さは、王さんの活躍した時代と比べて、飛躍的に進歩している。球場の広さも昔より広い。だがその分、打者もパワーと技術を身につけた。その傑作が村上の存在である。
王さんが賞賛する村上の「押し込む力」
今や「神様」と称される村上の打撃の凄さについては、これまでも様々な分析がされてきた。
まず、第一に頑健な体と大地に根を生やしたような下半身の強さ。次にスイングスピードが人一倍速いから、打つポイントが体に近くてもはね返すことが出来る。すでに106個(15日現在、以下同じ)を数える四球の多さは選球眼の良さと、打席で我慢する力を証明している。
加えて、王さんが賞賛するのは「押し込む力」だ。これこそが長距離砲の秘訣と言ってもいい。
「ボールとバットの芯を結んで、ボールが来たところに、押し返していく感じ。ボールとバットがついている時間が長く、打球も中々落ちて来ない」(14日付スポーツニッポン紙より)
かつて、王さんの現役時代にも聞いたことがあるが、長距離打者にはバットにボールがひっついている瞬間があると言う。150キロ超の速球を鋭くはね返すのはワンタイミングしかない。しかし、ホームラン打者はそのコンマ何秒の中で、ボールを押し返す時間があると言う。
ゴルフで例えるなら、ロングヒッターは総じてスイングの弧が大きい。遠心力を上手く使っているからだ。加えてヒットする瞬間にボールを押し込むことが出来れば、さらに飛距離を稼ぐことが出来る。言ってみれば天性の極意を村上は22歳の若さでつかんでいることになる。
55本の次は56号であり、その先にはウラジミール・バレンティンの持つ60号の日本記録が視界に入る。さらに将来的には王さんの持つ868本にどれだけ近づけるか、興味は尽きない。
プロ5年目で通算159本塁打を放つ村上が、今後王さんと同じ40歳まで現役を続けると仮定した場合、残り18年で1年平均40本塁打以上を継続していけば到達する計算。王さんが2度の三冠王を獲得したのが33、34歳の時を考えれば、決して夢の数字とは言えない。ただし、これは将来、村上がメジャーに行かない場合と言う条件が付く。ツバメ党ならずとも国内でプレーを望みたい部分だ。
すでに、史上最年少の若さで高みに上った「神様」には、これから前人未到の旅が続く。
「ここまでの歩みを見たら、彼は十分出来ると思う」
「世界の王」のお墨付きを得て、村上の新たな挑戦が始まる。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)