野球ゲームの移り変わりから見るプロ野球史~第15回:燃えプロ
元ファミコンキッズの少年たちは、いつまで『燃えプロ』を追いかけていたのだろうか?
ジャレコのファミコンソフト『燃えろ!!プロ野球』は、87年5月にシリーズ1作目が発売。150万本以上を売り上げる大ヒットとなり、テレビ中継のセンターカメラを再現した元祖リアル型野球ゲームとして一部の野球ファンから熱狂的に支持された。
一方で、止めたバットにボールが当たれば凄まじい勢いですっ飛んでいく伝説の“バントホームラン”等のトンデモムーブの数々から、クソゲーとしても未だに語り継がれている。
本連載では以前に、それらの欠点が修正された続編の『燃えろ!!プロ野球’88 決定版』が最高傑作だと取り上げたが、実はのちにスーパーファミコンでも、燃えプロシリーズは一作だけひっそりと発売されている。94年12月23日に世に出た『スーパー燃えろ!!プロ野球』である。
新ハードが続々登場した中で…
ジャレコのスーファミ野球ゲームは、本体の回転機能を駆使した演出面など、実験的な『スーパープロフェッショナルベースボール』や、前衛芸術のような立体表現が特徴の『スーパー3Dベースボール』(控え目に言ってクソゲー)があったが、正直どれもヒットしたとは言い難かった。
『ジャレコ・アーカイブス』(実業之日本社)でも、「(これらは)なぜか『燃えプロ』のシリーズ名は冠されておらず、その理由はなぞだ」とだけ記された迷走期を経て、原点回帰の燃えプロ復活。……なんだけど、恐らくファミコン版の赤いカセットを遊んだことがある当時の少年たちも、スーファミ版はスルーした、というかその存在すら知らない人も多いのではないだろうか。ってこのコラムを書いてる自分も、定価9800円もの大金をこのソフトにつぎ込む気力と勇気はなく、発売後しばらくして中古で安く買った記憶がある。
『スーパーファミコン カタログ』(ジーウォーク)によると、1994年は年間370本のソフトが発売され、これはスーファミ市場において最多発売年だという。
クリスマス商戦真っ只中の『スーパー燃えプロ』発売日12月23日には、同じくジャレコの『JWP女子プロレス ピュア・レッスル・クイーンズ』等5本が同日リリース。その前日の22日には、『スーパーファイヤープロレスリング スペシャル』や『ウルトラベースボール 実名版2』等、なんと一気に18本!もの新作ソフトが店頭に並んだ。
まさに野球とプロレスのゲーム黄金期、かつスーファミバブルのピークがこの年だったのである。
さらに94年11月22日には、セガから新ハードのセガサターンが、94年12月3日にはソニーからプレイステーションが発売され、次世代ゲーム機戦争の勃発にメディアは盛り上がった。
さすがにそのど真ん中で、放課後に友達を誘って「燃えプロやろうぜ」は無理がある。そんな時代の狭間に消えていった『スーパー燃えろ!!プロ野球』は、どんなゲームだったのだろうか?
驚異的すぎる選手フォーム再現力
とにかくこのソフトの最大のウリは、各選手のモーションが異様な執念で再現されていることだ。
イチローの振り子打法からタイミングの取り方、落合博満の神主打法から体の開き具合、伊良部秀輝のピッチングフォームのタメ、ラルフ・ブライアントのインパクトの瞬間、斎藤雅樹のフォロースルー直後の独特な体重移動まで。作り手の半端ない執念を感じる表現力。ジャレコのお家芸、ファミコン版で定評があった燃えプロシリーズの細部に至るまでのグラフィックの集大成的な作り込みである。
もちろん、トルネード投法を完璧再現する野茂英雄の高めのストレートで打者を追い込み、最後はエグい落ち方のフォークボールで空振り三振を奪うとべらぼうに気持ちいい。これは2022年に遊んでも、ちょっと別格の爽快感だった。
選手データ面は、球種がかなりアバウト(星野伸之に代名詞のスローカーブがない等)だったが、Aボタン=ストレート、Bボタン=カーブ、Xボタン=チェンジアップ、Yボタン=フォークボールというように、スーファミコントローラーの4つのボタンをうまく使った操作も分かりやすく画期的だ。投手操作の面白さは個人的にスーファミ野球ゲーム史上屈指だと思う。
ならば『スーパー燃えプロ』は隠れた神ゲーなのか?
いやゴメン。正直、投球以外の部分がガチで酷い。特に守備面はどうしたらここまで酷くなるのかというレベルで操作性も悪く、打者走者の足も異様に速いので平凡な二塁ゴロでも内野安打連発。守備バランスは崩壊しており、アウトを取ってもなぜか鬼のボール回しが勝手に発動してプレーヤーをイラつかせる。
打撃もアバウトで、野球ゲームで重要な「ホームランを打った快感」がこれほど感じられないソフトも珍しい。手抜きというより、評判の悪かった『スーパープロフェッショナルベースボール』のシステムを使い回しているような印象だ。
こだわりの乱闘シーンは健在で、死球を当てられると、打者はマウンド上にベン・ジョンソン(懐かしい)のような猛烈ダッシュで駆け寄り投手を何発かぶん殴り、刹那の画面切り替えで何事もなかったかのように涼しい顔で一塁へ。ってなんでやねん、もうムチャクチャだよ!野球ゲームとしての完成度を放棄しているかのような仕掛けの数々にユーザーは戦慄を覚えた。
「天下を獲りそこねた野球ゲーム」
惜しい。本当に惜しいソフトだ。
あの選手モーション再現の職人技そのままに投球システムと打撃モードを真っ当に進化させ、その熱量で守備・走塁面をしっかり作り込めば、プロスピより10年早くリアル系野球ゲームの天下を獲れたはずだ。
傑作の88年版の直後、89年発売の『新・燃えろ!!プロ野球』でまさかの内野スタンド視点の横カメラで投球と打撃を行う謎すぎる仕様変更に続く詰めの甘さ。まさに「天下を獲りそこねた野球ゲーム」である。
だが、その決して完成しない“未完成”感が『燃えろ!!プロ野球』の魅力でもあった。
いびつで、気まぐれで、なのに時々オンリーワンのポテンシャルを見せる。まさに野球ゲーム界の永遠のアイドルだ。
今思えば、やはりスーファミ版は、大ヒットの1作目から“7年”という時間は大きすぎた。初代発売時には小・中学生だった子どもたちも、7年後には高校生や大学生になっている。その層はまさにセガサターンやプレイステーションのメインターゲットでもあった。
4万円前後する高額の新ハードも、アルバイトをしたら買えないことはない。少年たちは過去より未来を信じて、大人の入口に立っていた。ありがとう、さよなら、燃えプロ。
その後、燃えプロシリーズはプレステやセガサターン版、さらには携帯ゲーム機のワンダースワンでも発売されたが、ほとんど話題になることなく、21世紀には携帯電話のミニゲームとして消費され、その役割を終えた。
近年はたびたび各ハードで復刻版がリリースされるなど、いまだマニアには根強い人気を誇っている本シリーズ。それでも、個人的には時々無性に当時のスーファミ版の『スーパー燃えろ!!プロ野球』を遊びたくなる。
野茂のえげつないフォークで若き日のイチローから本気で三振を奪いにいく。その瞬間は、仕事に疲れた中年男を14歳の気持ちに戻してくれるのである。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)