コラム 2022.11.10. 06:29

北の大地で袂を分かったリーグの暗中模索

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今年発足したHFBの開幕戦の様子 [写真=阿佐智]

日本独立リーグ考~第6回:北海道の独立リーグ


 今年のドラフトでナイジェリア人の両親をもつ誉高校のイヒネ・イツアがソフトバンクから1位指名された。

 すでにNPBにおいては、日本一に輝いたオリックスの宗佑磨に代表されるように、アフリカにルーツを持つプロ野球選手がプレーしており、野球には縁のないと思われていたアフリカ大陸との距離が急速に近くなってきている。




 「野球不毛の大陸」と見なされていたアフリカだが、近年日本のNGOによる普及活動が盛んになってきており、今年の5月には松井秀喜、川上憲伸の両氏がオンラインでアフリカの野球少年に指導を行ったことが話題になった。

 元メジャーリーガーの実技指導のニュースは、日本野球とアフリカを突如として結び付けたように感じるが、実はすでに6年前にアフリカ人チームが来日し、日本のチームと対戦している。2016年7月に行われた「西アフリカ選抜」と四国アイランドリーグplus・高知ファイティングドッグスの対戦がそれだ。

 これ以外にも実施されたアマチュアチームとの試合も全敗に終わった「西アフリカ軍」だったが、この企画を実現させたNGOの主宰者はさらなる夢を膨らませた。


 自身が生活の拠点を置く北海道富良野の大地に独立リーグを発足させることを決めた主宰者はこの年の秋、「北海道ベースボールアカデミー」を設立。国内外問わず野球をプレーしたい若者を過疎に悩む北海道に呼び寄せ、「プロ」目指して鍛え上げることにした。

 集まった選手には地元での就労機会を提供し、働きながら上位リーグを目指すという、地域振興と選手育成の二兎を追う新たなコンセプトの下、活動を始めた。

 これを発展させ、2020年には北海道ベースボールリーグ(HBL)を開始する。1年の準備期間を経て2球団で開幕したこのリーグだが、その船出から様々な問題を抱えていた。

 2年目の2021年には2球団が新たに加わり4球団制となったものの、その年のオフには、リーダー格の富良野球団を除く3チームが脱退の上、新リーグ・北海道フロンティアリーグ(HFL)を結成する事態となった。

 ただでさえパイが小さく、その上、NPB球団・日本ハムファイターズという「巨人」のお膝元である北海道で果たして独立リーグの持続的発展が可能であるのか、疑問を感じずにはいられない。

 今シーズン、両リーグはともに3球団でリーグ戦を開催したものの、当初予定の試合数をこなすことなくリーグ戦を終了した。


「プロリーグ」という理想と「素人運営」の現実はざまで


 決して「分裂」ではないと両リーグの関係者は言う。日本独立リーグ野球機構(IPBL)加盟に対するアプローチの相違により「別の道を歩んだ」だけだと。

 「将来のしかるべき時期」の加盟を目指す富良野球団対し、早期の加盟を目指す3球団が新リーグを結成しただけで、将来的な再統合もありうるとHFL側は言うが、実情はそんな単純なものではないようだ。

 加盟を目指す、つまり「プロ志向」の3球団にとって、富良野主導のリーグ運営は満足のいくようなものではなかった。


 元々青年海外協力隊員であったHBL、さらに言えば、北海道ベースボールアカデミーの主宰者にはスポーツビジネスの経験は全くなかった。

 野球に対する純粋な思いから北の大地に立ち上げられた独立リーグだったが、野球を通じての「地域創生」、「人材育成」、「国際協力」といった高邁な理想も、地に足をついた運営能力がなければ、絵に描いた餅に終わってしまう。

 北海道アカデミーは、広く人材を募った。トライアウトは行ったが、実際に集まったのはプロを目指すエリートアスリートではなく、「自分探し」を継続する「野球難民」とでもいうべき若者たちだった。

 アマチュア球界においてもほとんど実績のない若者にとって、「地方で就業しながらNPBという夢を追う」というコンセプトが、空虚な自己啓発に近いものであることは野球に多少なりとも精通した者の目には明らかだったが、空洞化にあえぐ北海道にあってその高き理想は輝いて見えたのかもしれない。

 しかし、その空虚な理想が馬脚を現すのに時間はかからなかった。


 発足1年目の2017年、アカデミーはオーストラリアの冬季プロリーグ・ABLのトライアウト実施を発表する。

 ところが、その実態はABL当局の預かり知らぬところで、プロモーターが立ち上げた話にアカデミーが乗ったというものだった。無断でリーグの名を使用されたABLは激怒。結局、リーグ当局は一切無関係ということで、アカデミー側が一切の費用負担の上、リーグ加盟の一球団のスタッフを招待し、全国から募集した選手を見てもらうというかたちで話は落ち着いた。

 無論、このことを「プロ」の夢を求めて集まった選手たちは知らない。地元メディアは、自腹を切らずに北海道での「バカンス」を楽しんだABLスタッフの「獲得したい選手が何人かいた」というリップサービスに飛びついたが、現実にはこのトライアウトで採用された選手はいなかった。


 先述のとおり、北海道アカデミーは2020年シーズンから2球団によるHBLに発展的改組を遂げた。

 しかし、リーグの中心的存在となるべき富良野球団が球場賃貸料を支払う見込みが立たず、地元公営球場でのホームゲーム開催を行えないという事態に陥ったかと思えば、自治体との十分な協議もなく選手寮として借り受けた廃校のグラウンドをホーム球場とするための資金集めのクラウドファンディングを試みたりと、マネジメント力不足を早速露呈することになった。

 この年、関西を拠点とするベースボールファーストリーグとの交流戦で元メジャーリーガーの井川慶が登板するという「大イベント」が実施されたが、この際の前売りチケット販売においても、雨天など不測の事態による中止でもチケット代は返還しない旨発表するなど、「開発援助」出身者であるリーグ代表と一般のスポーツビジネスの常識との乖離が目立った。


 また、各チームに監督を置かず、全選手に出場機会を均等に与えようとするHBLの方針は、上位リーグを目指そうとする一部選手の理解を得ることができず、少なからぬ主力選手がシーズン途中に退団する事態にもなった。

 結局、2年目の2021年シーズン後、加盟4球団中、富良野球団を除く3球団がリーグを脱退。新リーグHFLを創設することになるのだが、これは「プロリーグ」を志向する3球団が、「素人運営」に危機感を抱いた結果だったと言えるだろう。


北の大地に立ちはだかる「プロリーグ」の壁


 「プロ志向」のHFLは、初年度シーズン開幕にあたって、日本独立リーグ野球機構(IPBL)の加盟を果たした。

 選手に報酬を支払わないHBLに対し、HFLはHBL同様、選手には地元企業での就労を求める一方、インセンティブとして報酬を支払うという運営を行うことにし、これを「プロリーグ」として評価されたため、加盟を認められたとHFL当局は胸を張る。

 ただし、その現実をみてみると、選手のほとんどは月額5000円から1万円という、月々の携帯電話代も賄えないような報酬しか「プロ選手」として手にしていない。試合でのミスに対し、報酬から規定額が差し引かれる「マイナス査定」がなされるチームもある。

 ある球団では、空き家を活用した賄い付きの寮費さえ、野球で手にする額では賄うことはできないという。結局のところ、HFLの現実はHBLとさして変わらない、地元企業に職を得た若者が就労の間に野球をプレーするという「名ばかりプロ」域を出るものではなかった。 


 この条件に有望選手が集まるはずもなく、退団者を補うトライアウトにも人がなかなか集まらない。

 高校野球地区予選レベルのこのリーグに集客は見込めず、田舎町の球場には毎試合数十人の観客が集まるのみだった。そのようなリーグにはスポンサーも多くは集まらない。その結果、HFLは社会人実業団チームにも及ばないだろう、他リーグの10分の1ほどの運営費でやりくりすることを余儀なくされている。

 球団がスポンサーやチケット、物販により収入を得、その収入から選手にまっとうな報酬を支払うという「プロリーグとしての当たり前」は現在のところ行えていない。北海道という地でそれを行うのは将来的にも難しいだろうし、リーグ当局もそこを目指すことなく、選手の地元就業と競技継続にリーグのアイデンティティを置いている。

 ならば、クラブチームによるアマチュアリーグを目指せばいいのではないかと思うのだが、運営・選手双方とも「プロ」にこだわる。選手にとっては、規模は小さけれども「プロ」としてプレーしていることはプレイヤーとしての自己の誇りを保つこととなり、運営側は「プロリーグ」でプレーしている以上、彼らのセカンドキャリアのためにIPBLへの加盟は必須だという。


 「やるからにはきちんとしたかたちで運営したいです。IPBLに入らないと、(プロ経験者対象の)指導者研修を受けることができず、選手たちのセカンドキャリアを閉ざしてしまうことになりますから」

 とは、リーグ当局関係者の言葉である。

 プロアマの境界がはっきりしている日本球界においては、国内外問わずプロリーグでのプレー経験者は、原則、高校・大学(高野連・大学野球連盟)の競技者への指導はできない。プロ経験者は「学生野球資格回復研修制度」に基づく研修を経た上で学生への指導が可能となる。

 独立リーグも「プロ」を名乗る以上はこの制度の対象になるのだが、そもそもトッププロであるNPB退団者を念頭においたこの制度に果たして独立リーグも含めることが妥当であるのか疑問が残る。

 その上、現実の技能の点において、「プロ」とは程遠いHFLの選手への「元プロ」としての指導者の需要があるとも思えない。ここでプレーした選手がセカンドキャリアとして指導者の道を歩むことを考えると、リーグから「プロ」の冠を外す方がベターなのではないだろうか。


 「プロリーグ」にこだわり、IPBLへの加盟を志向するゆえに、HBLと袂を分かったHFLだが、皮肉なことにそれゆえの財政的問題を抱えることになる。IPBL加盟に伴う支出は、リーグ、各球団にとって決して小さくはない。

 HFL、HBLとも9月下旬に今シーズンの公式戦を終えた。IPBL加盟を実現したHFLはプレーオフを実施の上、加盟4リーグのチャンピオンが集う「グランドチャンピオンシップ」に出場を果たしたが、その初日である9月30日に初めての両リーグ間での交流戦が行われた。

 自治体が仲をとりもつかたちで行われたこの企画だったが、両リーグの間には全く雪解けムードはなかったという。実際、その裏ではリーグ間の球団の引き抜きが画策されようとしていたのだからそれも当然と言える。

 北の大地で試されている独立リーグの試みだが、その前途は多難であると言わざるをえない。


文=阿佐智(あさ・さとし)
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