野球ゲームの移り変わりから見るプロ野球史~第16回:劇空間プロ野球 AT THE END OF THE CENTURY 1999
20世紀最後の夏、駅前ゲームショップのブラウン管モニターの前に人だかりができていた。
2000年9月7日の出来事だ。大学の4限目をサボって、その日発売のプレイステーションソフト、一人称サッカーゲーム『リベログランデ2』(ナムコ)を買いに行ったら、なにやら店内のモニター前が騒がしい。
「これ、なに?」「実写のプロモ映像?」「いや…ゲームじゃね?」「うわっ上原の投げ方、めっちゃ似てる」「オレ、SPEEDなら上原多香子派」
なんつってサントリーのDAKARAを一気飲みする男子高校生グループの会話につられてモニターを見ると、野球映像が映っていた。
えっ、これがゲームなの?
恐らく、当時そのゲーム画面を観た多くの人間が度肝を抜かれたはずだ。
西武の松坂大輔の投球フォームは不気味なほど忠実に再現されており、巨人の上原浩治が投げる東京ドームの風景はほとんど実写と錯覚するレベルで、バックスクリーンの「エビスビールあります。」広告まで精密に描写されている。
店員の手作りPOPを確認すると、9月7日発売、定価6800円。プレイステーション2の『劇空間プロ野球 AT THE END OF THE CENTURY 1999』というソフトだった。
時代の変わり目に登場した革新的野球ゲーム
発売元は『ファイナルファンタジー』シリーズで有名なあのスクウェア。DVD再生機能に魅かれながらもプレステ2発売から半年近くスルーしてきたけど、さすがにこれは欲しいな……と思わせるには充分なインパクトを残すクオリティのゲーム画面だった。
なにせその7~8年前まで、ドット絵のスーパーファミコンとかモノクロのゲームボーイで遊んでいたのだ。世紀末のゲーム業界の凄まじい進化のスピードとドライブ感。『劇空間プロ野球』の異様なリアル映像は、大げさではなく「マジで21世紀がやってくる」と俺含む20世紀少年たちに実感させたものだ。
そして、その月末に親から仕送りをもらうと、「1日2食は納豆ご飯でいける」なんて昭和生まれのハングリーさを発揮し、ひと月分の食費と小遣いの約5万円を投じて、プレステ2本体と8MBのメモリーカードと『劇空間プロ野球』を買ったのだった。
なお、2000年の夏から秋にかけての球界の動きは、9月のシドニー五輪で歴史的なプロアマ混合の野球日本代表チームが結成され、エース松坂を擁するも3位決定戦で韓国に敗れメダルを逃した。
10月の日本シリーズは長嶋巨人と王ダイエーの“ON決戦”が盛り上がり、7年連続の首位打者と無双状態だったオリックスのイチローはついにポスティングでのメジャー挑戦を表明した。
そんな時代の変わり目の革新的野球ゲーム。パッケージ裏面には「全一軍登録選手を完全再現!」「全11ホーム球場を完全再現!」「TV中継の演出を完全再現!」とかつてないリアリズムを激推し。
日本テレビの『劇空間プロ野球』とタイアップしているため、解説陣は山本浩二、江川卓、掛布雅之といったビッグネームが登場して、実況は日テレナイター中継でお馴染みの今井伊左男が担当。とにかくゲーム内でも彼らはよく喋る。
例えば巨人の清原和博が打席に入ると、山本「バッティングがどっしりしてきましたね。だいぶ脆さがなくなってきました」、掛布「軸のブレがないのでいつもいい体勢でボールを打ってますね」なんてマニアックな掛け合いを披露してくれる。
本物さながらの演出は試合でも健在だ。選手が打席に入る際、成績と顔写真付きで紹介。数々のリアルムーブで野球ファンを唸らせる。
中村紀洋の一本足打撃フォーム、新庄剛志の華麗なバット投げ、マルティネスの丸みを帯びた背中、工藤公康のカーブの軌道。もちろん、ミスターやノムさんといった大御所監督にマスコットのつば九郎も登場。前年に衝撃デビューを飾った松坂が、コースいっぱいに剛速球を投げきると高確率で打者のバットをへし折る快感も追体験できる。
その作り込まれたビジュアルとは対照的に、操作はいたってシンプル。バッティングカーソルを動かし投球の軌道を予測して、ボタンごとに割り振られたセンター返し、引っぱり、流し打ちを選びタイミング良く押す。
守備はカバーリングや外野手の動きがぎこちなく不自然なところも目につくが、まだリアル系野球ゲームの模索期といった雰囲気だ。盗塁の難易度は高いものの、クイックモーションが苦手な投手はスタートが切りやすく、95年から98年まで4年連続セーブ王の大魔神・佐々木主浩もクイックが遅く、足で揺さぶる作戦が攻略本では推奨された。
……ってあれ、佐々木は2000年からシアトル・マリナーズへ移籍して新人王獲ってたはずじゃ。そう、このゲームは2000年9月発売ながら、収録選手データは99年版なのである。当然、FAやトレードの最新選手移籍も反映されていない。スクウェアがNPBの野球ゲームにおける知的財産権を独占取得していたコナミと揉め、当初より半年近く発売が遅れることとなったのだ。
エディット機能もなければ、もちろんまだオンラインの選手データ更新サービスも存在しない。PS2発売直前の『週刊宝石』2000年3月16日号の特集記事「プレイステーション2が日本を変える!」では、「プロ野球を完全再現した究極の野球ゲーム」と本作がすでに紹介されていたが、選手の入れ替わりが激しいスポーツゲームで、さすがにこの1シーズンのタイムラグは痛すぎた。
野球ゲーム界の“偉大なる一発屋”?
それでも『劇空間プロ野球』は約60万本も売れ、野球ファンにプレステ2の高性能をアピールするきっかけにもなった。
シリーズ化はされなかったものの、まさに野球ゲーム界の偉大なる一発屋。発売から22年が経過した今、本作をプレーすると、妙な懐かしさを覚える。
意外にも20本塁打をマークしていた阪神のマーク・ジョンソン、のちにカブレラの代名詞ともいえる背番号42をつけていた西武のアラン・ジンターといった懐かしの助っ人選手たちに、全盛期バリバリのイチローや大魔神・佐々木、ゴジラ松井、松坂、上原といったのちにメジャーリーガーとなる90年代の若きスーパースターたち全員集合が実現。いわば、地上波テレビで毎晩放送されていたプロ野球が、“国民的スポーツ”だった最後の時代を追体験できる。
なお、当時買ったはずのソフトは引っ越しを繰り返す内にすでに手元になく、最近になって中古ゲームショップのジャンクコーナーで探したら、なんと6本もこのソフトが並んでいた。
すべて180円の処分価格。パッケージ内を確認すると、販売時に封入されている紙一枚のクイックマニュアル付きが1本だけあったので、それを購入した。
レトロゲームは“ソフト”を買うというより、“思い出”を買うのだ。過去とは美化された嘘だが、本作の映像クオリティは今見ても衝撃を受ける。
みんな大人になった令和の秋、『劇空間プロ野球』をプレーすると、何か新しい時代が始まりそうな予感がした、2000年夏のあの青い高揚感を思い出すのである。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)