白球つれづれ2022~第49回・球団の垣根を超えた中村悠平の“捕手講座”がもたらすものとは?
サッカーW杯一色の日本列島にあって、野球界は早くも来季に向けた動きが始まっている。
近年、この時期になると注目されるのが、球団の垣根を超えた自主トレの風景だ。中でも来春早々に愛媛県松山で行われるヤクルト・中村悠平選手の下には、日本ハムにFA移籍した伏見寅威、ロッテの松川虎生選手ら各球団のレギュラー級捕手が志願して参加予定だと言う。
そこで、スポーツ紙がつけた見出しは「いよっ!中村屋!」というもの。今、なぜ、中村のもとに人が集まるのだろうか?
来季プロ15年目を迎える中村はヤクルトのセ・リーグ連覇を支えた中心選手。
昨年の日本シリーズではMVPに耀き、来春3月に行われるWBCの日本代表にも選出が確実視されている。今、最も脂の乗っている捕手の下に他球団の同一ポジションの選手が学ぶ点は多い。
伏見の場合は、今季まで在籍したオリックスに西武から森友哉選手がFA移籍。若月健矢、頓宮裕真選手らと捕手の座を争ってきた中で、森の加入となれば活躍の場は限られる。もっと多くの試合出場を求めて移籍を決断したが、投手陣を引っ張るリーダー論から、キャッチングなどの技術編まで、中村の存在は生きた手本となる。
今季、ルーキーながら高卒捕手として大活躍の松川は真のレギュラー捕手となるため勝負の年を迎える。18歳とは思えぬプレーぶりは見事だったが、一方で低打率(.173)に終わるなどまだまだ課題は山積している。自主トレとは言え、「中村屋」の門を叩くだけの価値はある。
ヤクルトに脈々と受け継がれる野村克也の系譜
かつて、弱小球団だったヤクルトの躍進は捕手と共にあると言っても過言ではない。
1990年代に入ると名将・野村克也監督の下で徹底した「ID野球」を叩き込まれる。在籍9年間のうち4度のリーグ制覇に3度の日本一。この間に古田敦也が日本一の捕手に成長して、その野村イズムは中村に引き継がれている。
「優秀な捕手の下に強力なチームは出来上がる」を持論とする野村の系譜は脈々と流れているのだから、中村に他球団の捕手たちが憧れるのも当然だろう。
捕手の重要性は多岐にわたる。強肩、堅守に好リードは当たり前。近年は160キロを超す快速球に、スプリット系の落ちるボールも多投されるからワンバウンドや暴投も増える。加えてデータの充実で捕手の配球パターンも読まれやすくなっている。ケガに強く、日々研究も必要だ。それらすべてを兼ね備えたうえで近年は打撃面の結果も求められる。チームから全幅の信頼を得られる主戦捕手の苦労は並大抵ではない。
かつて、捕手はチーム内のライバルにも技術指導は行わないとされてきた。内外野は複数ポジションがあるので「つぶし」は聞くが、正捕手は一人だけ。教えてレギュラーの座を奪われたら自らの首を絞めることにつながるからだ。
しかし、近年は情報のあふれかえる時代、その垣根は低くなり、職人肌から仲間に価値観は変わりつつある。この中村教室にはチーム内からも内山壮真捕手らも参加予定で捕手だけの大きな輪が出来上がる。
「中村屋」以外にも、このオフには巨人の次代エース候補とも目される井上温大投手がDeNA・今永昇太投手に弟子入り、中日の未完の大器・鵜飼航丞選手が西武・山川穂高選手の下で長距離砲の極意を学ぶと言う。
これまでも、巨人・菅野智之と阪神・藤浪晋太郎、ソフトバンクの柳田悠岐とオリックス・吉田正尚各選手など異色のコラボ・トレは行われてきたが、互いが刺激されれば思わぬ効果も生まれる。師匠格には、教えることで新たな発見もあると言う。
コロナ禍で、選手同士の接触も制約されてきたが、徐々に普通の生活に戻りつつある。来季には中村を中心とした新たな試みがどんな成果をもたらすのか? 今後の捕手の勢力図を占う意味でも興味深い。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)