白球つれづれ2023~第2回・2年間の苦境を乗り越えて、「神の子」の復活は実現するのか?
ヤクルトの村上宗隆選手が「村神様」として、流行語大賞に輝いた昨年、かつて「神の子」と呼ばれた楽天・田中将大投手は、スーパーエースの座から転落した。
9勝12敗。防御率3.31.これが田中の昨季成績だ。
メジャーから国内復帰した1年目の一昨年も4勝9敗と期待を大きく裏切った。それでもパリーグの投手10傑では2年連続で5位、8位だから数字ほど悪い成績とは言えない。好投しても報われない。打線との巡り合わせの悪さも不成績の一因となった。
屈辱の2シーズンを終えた元大エースは1月7日、契約更改に臨み9億円から実に4億2500万円の大幅ダウンを受けて4億7500万円プラス出来高(金額は推定、以下同じ)でサインした。年俸の大幅ダウンでは、16年に巨人の杉内俊哉選手が4億5000万円ダウンの記録があるが、今回の田中はそれに次ぐもの。楽天の元監督で亡き野村克也氏から「マー君神の子、不思議な子」と絶賛された怪物も、看板を下ろす時期がやってきたのだろうか。
「球団の期待には大きく届いていないし、ファンの方々の期待を裏切ってしまっているので不甲斐ないシーズンだった」と田中の口からは反省の言葉が飛び出した。
だが、プロ16年の日米通算成績は190勝102敗で防御率2.97は賞賛に値する数字だ。何より勝ち星が負け星を大きく上回っていることがエースの証明である。13年には24勝無敗を筆頭にヤンキース時代も含めて、プロ入り以来13年連続でチームに貯金をもたらす投球を続けてきた。宿願の日米通算200勝まであと10勝。「チームが優勝するためにも早い時期に到達したい」とあくまで通過点を強調する。
WBCの舞台は本来の投球を呼び戻す絶好の場所
今年の11月には35歳、投手として大きな曲がり角に差し掛かっている。
しかし、復活を期す田中にとって、何よりの刺激がある。3月に行われるWBCの日本代表入りだ。
「候補には残っているので。やっぱり選ばれたいし、どんな役割でも、やれるところで自分のベストを尽くしたい」と世界一決定戦への熱い思いを語った。
今月6日に発表された侍ジャパンの先行12選手のうち、投手は山本由伸(オリックス)や佐々木朗希(ロッテ)に、二刀流の大谷翔平(エンゼルス)も加えれば6人。残る投手枠は8~9人と予想される。その候補には栗山英樹監督が短期決戦用の“二番手先発”として青柳晃洋(阪神)宮城大弥(オリックス)らの名が上がり、中継ぎと抑えには松井裕樹(楽天)、大勢(巨人)栗林良吏(広島)らも有力視される。
直近の成績だけなら、分の悪い田中だが、過去のWBCや五輪の大舞台で修羅場を踏んでいる経験値は図抜けている。何よりバリバリのメジャーリーガーを相手に投げてきた実績は、チームに大きな信頼感を与える意味でも大きい。
若手の勢いか、ベテランの安定感か、今月末に予定される最終発表まで栗山監督も頭を悩ませる日々が続くはずだ。
少しうがった見方をすれば、楽天に復帰した2年間は本来の田中の闘争心からはかい離していたのかも知れない。毎シーズン、優勝を宿命づけられるヤンキース時代のヒリヒリするようなマウンドから離れたことで、エースとして心のスウィッチは入っていたのか? 肉体的な衰えと共に「神の子」の威力はなくなっていたとしたら、WBCの舞台は本来の投球を呼び戻す絶好の場所となるはずだ。
「投球の向上と言うところで、色々なアプローチをしている。感覚的にはガラッと変える感じです」と23年型の進化を模索している。新球のマスターから配球パターンの洗い直しなど“ニュー・マー君”への挑戦が続く。
前述の大谷、山本、佐々木に加えてダルビッシュ有(パドレス)の侍ジャパン入りが確定、さらに今季からメッツに移籍した千賀滉大投手の代表入りも有力視されている。そこに田中まで加われば文字通り史上最強投手陣の顔ぶれとなる。
2年間の苦境を乗り越えて、田中の復活が実現すれば、それはWBCだけでなく、同時に楽天の浮上も意味する。
勝負の23年。「神の子」は、まだまだ死ぬわけにはいかない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)