白球つれづれ2023~第6回・ヤクルトの連覇に貢献したキャンプ恒例の「古田教室」がメジャーへ
ヤクルトの沖縄・浦添キャンプで、毎年恒例の「古田教室」が始まった。
今年は古田敦也氏に加えて、真中満氏も臨時コーチとして後輩たちの指導にあたると言う。
古田、真中両氏共にヤクルトの監督経験者。一時期に2人の元指導者が臨時コーチとして加わるのは珍しい。ヤクルトでは若松勉元監督も求めに応じて、打撃指南をしたことがある。
普通、元監督がこれだけ臨時コーチとして集結することはない。退団時に必ずしも円満に辞めていくばかりではない。新たな指揮官は前任者の色を消したがるケースもある。こんなところにも、アットホームな球団の風土が垣間見えるのも興味深い。
高津臣吾監督が就任して4年目の春。1年目こそ最下位に沈んだが、22年からリーグ連覇は見事だ。そんな王国づくりに古田臨時コーチの果たした役割も大きい。
野村克也氏の愛弟子にして、「ID野球の申し子」は球史に残る名捕手である。
2006年には選手兼監督として指揮官の道を歩むが、結果は3位と6位。あっけなく古田時代は終わった。だが、監督時代には地元の青山商店街とコラボしてホームタウンづくりに奔走するなど野球人以外のプロデュース能力も発揮。何より豊富な知識と、それを伝える弁舌の鮮やかさがある。球団も古田氏の財産をその後もうまく活用してきた。
捕手の臨時コーチと言えば、キャッチングやリード面の教育ばかりが注目されるが、古田教室は多岐にわたる。
技術編はもちろんの事、投手をどう気持ちよく投げさせるか? 不調の時にはどう立て直せるか? さらに配球の意図まで細部にわたって理論立てる。もちろん、グラウンド外では、ミーティングで野村プラス古田野球の神髄を語る。
「名捕手がいるところに栄冠あり」とは野村氏の持論だったが、古田氏の教えで開眼した中村悠平捕手は、今やWBCの侍ジャパンに選出されるほどに成長した。昨年は高卒2年目の内山壮真捕手もブレーク。ここにも“古田効果”が見て取れる。
メジャーリーガーたちは古田流の日本理論をどう聞くのか
現在のヤクルトと言う組織を見てみると、GMに小川淳司氏、一軍監督が高津で、二軍は池山隆寛監督とすべて球団の生え抜きで、野村門下生であることが特徴だ。そこに古田、真中氏と言った元監督まで協力するのだからチーム作りにブレがない。こうした先輩を上手く活用する高津監督の度量の大きさも付け加えておきたい。
古田氏には今年、新たな任務も加わった。MLBのダイヤモンドバックス球団からも臨時コーチの要請があり、2月中旬には渡米する。
「臨時コーチのプロとして頑張ってきます」とは古田氏の弁だが、ダ軍のトーリ・ロプロ監督はかつてヤクルトでプレーした元同僚。そんな縁があって実現するものだが、日本からメジャーにコーチとして呼ばれるのは異例の事だ。
過去にはメジャーで活躍した野茂英雄氏がパドレスのアドバイザーに就任。
現在ではイチロー氏がマリナーズの特別インストラクターとして、松井秀喜氏はヤンキースのファームを中心に指導に当たっているが、彼らはメジャーでの実績が認められたもの。メジャー経験のない古田氏が短期間ながら、ダイヤモンドバックスのユニフォームを着て、ミーティングで講義まで行うスケジュールが組まれている。
ダ軍は1998年に球団が創設された若いチームだが、ランディ・ジョンソンやカート・シリングらの大エースを擁して4年目にはワールドシリーズチャンピオンにまで駆け上がっている。
しかし、近年はチームの若返り策もあり、低迷が続き昨季はナリーグ西地区で5チーム中4位。同地区優勝のドジャースからは37ゲーム差をつけられ大敗している。また、19年にはDeNAベイスターズと業務提携。今春には小池正晃外野守備コーチらが研修のため派遣される。
そんな再建途上のチームに古田臨時コーチの指導がどんな風を起こして、メジャーリーガーたちは古田流の日本理論をどう聞くのだろうか?
WBCの開幕まで1カ月。こちらは日米対決ムードだが、古田臨時コーチの渡米は協調の証。大いなる実験の成否も注目される。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)