白球つれづれ2023~第7回・異例の厚遇で新契約を結んだダルビッシュとパドレスの深い信頼関係
驚きのニュースは突如、舞い込んだ。
MLBのパドレス球団は、日本時間10日、所属するダルビッシュ有投手と今季から新たに6年契約を結んだことを発表した。
総額1億800万ドル(約141億4800万円、推定)の高額も驚きだが、36歳のダルビッシュが42歳になるまで現役生活を保証されることになる。これはメジャー史上でも初と言われる。若手なら10年契約も珍しくないが、年齢的にピークを過ぎた選手に、この厚遇は異例中の異例と言っていい出来事である。
では、なぜこんな夢のような契約が実現したのか? そこにはダルビッシュとパドレスの深い相互信頼がある。
昨季24年ぶりにナリーグのリーグ優勝決定シリーズまで駒を進めた球団にとって悲願のワールドチャンピオンも見えてきた。中でも16勝を上げたダルビッシュは欠かせないエース。しかも研究熱心な練習態度を見るにつけ、首脳陣の信頼度はさらに増している。ロン・ファウラーオーナーや、AJ・プレラーGMも長期契約を支持したから可能となった。
これに対して、ダルビッシュ側もサンディエゴという居住環境や子供たちを育てる教育面を優先したうえで、球団の厚い信頼を確認できた。まさに相思相愛の関係が見て取れる。
日本ハムで7年。メジャーではレンジャーズを皮切りに4球団を渡り歩き今年で13年目を迎える。日米通算188勝113敗、防御率2.81はエースの道を歩んできた証である。レンジャースで最多奪三振、カブスで最多勝のタイトルも獲得。昨季の16勝はメジャー移籍1年目と並ぶ自己最多タイの勝利数だから衰えは見えない。
直近のスポーツニュースでは、このオフに取り組んでいるスプリットボールの練習風景を伝えていた。従来から投げるスプリットをさらに鋭く曲がり落ちるように工夫を加える。このとどまることを知らない「進化」こそ、ダルビッシュを唯一無二のエースに君臨させる要因だろう。
36歳になった今でも衰えぬ研究と向上心
人一倍の研究熱心さは「投手博士」と言っていい。
フォーシーム、ワンシーム、カットボール、スライダー、カーブにチェンジアップやシンカーにスプリットなど球種だけで10種類以上を駆使する。さらにカーブなら90キロ台のスローカーブから、150キロに迫るパワーカーブにナックルカーブまで投げ分ける。時には投げる角度にも変化をつけるので、打者にとっては30種類くらいにも映る。並みの投手なら、これだけの変化球を使いこなすのは無理。それでいて年々、制球力も増して四死球の数も減らしている。
かつて、野村克也氏がダルビッシュをこう評している。
「危機察知能力もあり、スピードで勝負できる本格派でありながら、緩急、縦横、内外の出し入れを自在に操れる技巧派でもある」
本格派で技巧派。そんなスーパーエースが今でも研究を怠らない。帰宅後はもちろん、試合中でもパソコンを駆使して打たれた配球や、相手打者の狙いを分析すると、その場で配球を変えたりする。衰えぬ研究と向上心。これではパドレス首脳陣も全幅の信頼を寄せるのはうなずける。こうした信頼関係がメジャーの通常キャンプをパスして、WBC侍ジャパンへの早期合流を可能にした。
日の丸戦士は最年少・20歳の高橋宏斗投手(中日)から36歳のダルビッシュまで年齢構成は幅広い。加えて大谷翔平や村上宗隆、佐々木朗希各選手などが集結するドリーム軍団。中でも2009年の世界一ではクローザーとして胴上げ投手にもなったダルビッシュのキャリアは輝いている。今大会も準決勝で対決の予想される米国戦など重要な試合の先発に加えて、チームの精神的支柱の役割まで期待されている。
何が何でも世界一と気負う栗山ジャパンに対して、ダルビッシュの反応が面白い。
「温度的と言うか、ちょっと気負いすぎ。戦争に行くわけじゃない。もし、米国(ラウンド)で負けたとしても、日本に帰れないとか、そういうマインドで行って欲しくない」。数々の修羅場を潜り抜けてきた男だから言える言葉だろう。
17日からは宮崎で強化合宿がスタートする。
山あり谷ありのプロ人生。1年目には故障ばかりか、高卒前の自主トレ期間に喫煙騒動で無期限出場停止処分まで受けた問題児は、36歳になった今、侍ジャパンの大将として帰ってきた。
サンディエゴと日の丸。ダルビッシュは確かに「安住の地」を手に入れた。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)