コラム 2023.03.03. 15:16

王貞治監督も激怒した、デービッドソンの「世紀の大誤審」 WBC“名珍場面”列伝

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猛抗議する王貞治監督

いよいよ開幕!WBCの“名珍場面”をプレイバック


 真の野球世界一を決める第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が3月8日から開幕する。当初は2021年に開催される予定だったが、コロナ禍の影響で延期となり、今大会は6年ぶりの開催となる。


 第1ラウンド開幕を前に、過去4回の大会で話題を集めた名場面や珍場面など、「ああ、あんなこともあったな」と今もファンの記憶に残る出来事の数々をプレイバック。

 今回は2006年の第1回大会で起きた“世紀の大誤審”を紹介する。


「西岡の離塁が早かった」


 まずは1次リーグのアジアラウンドを2位で通過した日本は、3月12日の第2ラウンド初戦でMLBのスター選手を集めた優勝候補筆頭の米国と対戦した。

 初回にイチローの先頭打者本塁打で先制した日本は、2回にも川崎宗則の2点適時二塁打で3点を先取。試合を有利に進める。

 これに対し、米国もその裏にすぐさまチッパー・ジョーンズが先発・上原浩治から追撃のソロ。6回にもデレク・リーが2番手・清水直行から2ランを放ち、同点に追いついた。


 そして、有名な誤審騒動が起きたのは、3-3で迎えた8回だった。

 この回、日本は先頭の西岡剛が中前安打で出塁。一死後、松中信彦が死球、福留孝介が四球で満塁へとチャンスを広げる。

 次打者・岩村明憲の左飛は浅めだったが、レフトのランディ・ウインの弱肩を見越していた辻発彦三塁コーチは「十分間に合う」と考えてゴーサインを出した。

 三塁走者・西岡も、ウインの捕球を確認してからスタートを切り、送球がそれる間に余裕で本塁を駆け抜けた。三塁に最も近い位置で見ていた二塁塁審も両手を横に広げ、西岡のタッチアップが有効であることを示していた。


 ところが、米国のバック・マルティネス監督が「西岡の離塁が明らかに早かった」と抗議すると、なんと、ボブ・デービッドソン球審は独断で判定を覆し、「アウト!」をコールするではないか。

 王貞治監督がベンチを飛び出し、「二塁塁審の判断が優先されるべきだ」と3分間にわたって抗議したが、デービッドソン球審は「満塁でのタッチアップを判定するのは球審。最初の判定は、本来権限のない二塁塁審が行ってしまった。私は離塁が早いと判断した」と突っぱねた。

 納得できない王監督は「一番近いところで見ていた審判の判定を変えることは、日本では見たことがない。野球がスタートした国で、こんなことがあってはならない」と怒りをあらわにした。

 また、西岡自身は、別冊宝島「プロ野球選手の日本代表伝説」(宝島社)収録のインタビューの中で、「僕はもう100パーセント、セーフだと思っていますけど。アウトって宣告されたときには、本当にベンチ飛び出して、三塁の審判(デービッドソン)をしばきに行こうかと思いましたね。でも、その時に僕よりも先に王監督がね。すぐ抗議に行ってくれたっていうのが、凄く嬉しかったですね。でも、試合終わってからずっと思っていたんですけど、審判も機械じゃないので、審判がアウトって言えば、僕の責任かなと。審判にはっきりわかるように、僕がもうワンテンポ遅らせてスタートを切っていてもよかったですから。だから審判のせいにはしたくないですね」と回想している。


 米紙も「疑わしい判定が米国を救った」の見出しで報じた“幻の犠飛”を境に、試合の流れは米国に。9回二死満塁、守護神・藤川球児がアレックス・ロドリゲスにサヨナラ内野安打を許し、日本は惜しい星を落とした。

 その後、日本は韓国にも敗れ、1勝2敗となった時点でラウンド突破がほぼ絶望視されていたが、3月16日、米国がメキシコに敗れる波乱により、直接対決における失点率(9回あたりの失点)で、ラッキーな準決勝進出をはたす。


「またやりやがったな」


 皮肉にも、その“幸運の扉”が開かれるきっかけを作ったのは、あのデービッドソン審判だった。

 この試合で一塁塁審を務めていた同審判は、0-0の3回、メキシコのマリオ・バレンズエラが放った右翼ポール直撃の打球を二塁打と判定した。


 打球には右翼ポールの黄色い塗料が付着しており、明らかに本塁打であることを示していたのに、「私にもほかのみんなにも本塁打に見えた。そう見えなかったのは審判だけだ」というフランシスコ・エストラーダ監督の抗議も、協議の結果、却下。宿舎でテレビ観戦中だった王監督も「またやりやがったな。オレなら、これでもかと(塗料の着いた)ボールを顔の前に突きつけてやるよ」と皮肉った。

 だが、この誤審がメキシコナインの闘志を奮い立たせる。二死後、ホルヘ・カントゥが意地の先制打を放ち、同点の5回にもバレンズエラの安打を足場に勝ち越し、2-1で逃げ切り勝ち。この結果、引き分けでも準決勝進出だった米国は、1勝2敗の失点率0.29となり、0.28の日本にわずか0.01及ばず敗退が決まった。

 「正直99パーセントダメだと思っていた。神風が吹いたな。夢みたいだよ」と王監督も思わず涙ぐんだ“奇跡のドラマ”は、第2ラウンド敗退寸前だった日本代表チームに、“初代世界チャンピオン”という最高の結果をもたらして幕となった。

 そう、すべては“世紀の大誤審”から始まっていたのだ……。


文=久保田龍雄(くぼた・たつお)


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