白球つれづれ2023~第10回・「素材は大谷級」…オリックスの秘密兵器がついにベールを脱ぐ
157、157、158キロ。誰もがわが目を疑った。
3月5日に甲子園で行われた阪神とオリックスのオープン戦。突如、現れたのは佐々木朗希でもなく、大谷翔平でもない。オリックスの3年目・山下舜平大投手だ。
7回から4番手として登場すると、阪神の島田海吏選手を3球三振、ルーキーの森下翔太選手を二ゴロ、井上広大選手を三ゴロで7球パーフェクト料理。
このうち、6球がストレートで、すべて156キロ以上。わずか1球のフォークボールは、このキャンプでかつての大エース・野茂英雄氏から伝授されたばかりと言うから驚くしかない。
「投手王国」のオリックスで、また一人逸材がベールを脱いだ。
「バケモンです。今まで捕った中で一番速い」とマスクを被った森友哉捕手が手放しで絶賛すれば、敵将の阪神・岡田彰布監督も「速いな、あれびっくりしたわ」と脱帽する。
190センチ、98キロの巨体から投げ下ろす投球フォームはテークバックを小さくとる「ショートアーム」投法で大谷と似ているところから、「大谷二世」とも呼ばれる。
かたや世界を代表するスーパースターに対して、こちらは未だに一軍経験すらないのだから、比較はおこがましい。昨季の二軍成績は2勝2敗とありきたりだが、35回2/3の投球回に対して奪三振42に大器の片鱗はのぞく。
「目標は165(キロ)です」と言ってのけるあたりにも“ネクスト侍”の素質は十分ありそうだ。
20年のドラフト1位。同期には中日の高橋宏斗投手やチームメートでは育成3位の宇田川優希投手らがいる。
2人は早くも侍ジャパン入りを果たしたが、山下は福岡大大濠高からプロ入り後も成長痛に悩まされ、昨年11月には両足首の手術などで回り道を余儀なくされてきた。
それでも、昨年の日本シリーズでは一軍登録されて、2試合にベンチ入りしている(登板はなし)のだから、首脳陣の期待の大きさがうかがえる。
今年のキャンプには多くの評論家が訪れたが、一様に山下の異能ぶりを激賞している。
「久々にブルペンでストレートを1球見ただけで、思わずニヤッと笑ってしまった。物が違う事がすぐにわかった。(中略)迫力のすさまじさは大谷に近い感じだ」と2月16日付の日刊スポーツでは谷繁元信氏が評論、今後の課題としてもう2~3種類の変化球習得を上げているが、これだけ手放しの賞賛はめったにない。
黄金期の継続へブレイクの期待高まる
3年前まではリーグ最下位に沈んでいた弱小チームが一昨年はリーグ制覇を成し遂げ、昨年はついに日本一まで駆け上がった。その最大の要因はドラフト戦略を土台にしたチーム作りにある。
2015年からドラフト1位指名を見ていくと吉田正尚、山岡泰輔、田嶋大樹、太田椋、宮城大弥、そして20年の山下舜平大と続く。
しかもその間に15年はドラフト10位で杉本裕太郎、16年には4位で山本由伸、6位で山崎颯一郎、18年には7位で中川圭太など下位指名でもチームの中軸に育つ選手が目につく。さらに1位指名も大卒、社会人、高卒とチーム状況に応じて即戦力と将来性を考慮しながら、バランスよく獲得している。
中嶋聡監督は二軍監督も経験しているので、一、二軍の風通しもいい。
昨年限りで勇退した宮内義彦前オーナーは12球団一の野球好き経営者だった。親会社からフロント、現場までが一体となったチーム改造が実った格好だ。
しかし、黄金期は今、大きな曲がり角を迎えつつある。主砲の吉田正が今季からレッドソックスに移籍、今オフには大エースの山本までメジャー挑戦が確実視されている。チームの屋台骨を二枚とも失っては苦しい。だからこそ、「素材は大谷級」である山下の更なる成長が望まれる。
「開幕ローテを狙っているし、初勝利もまだなのでクリアしたい」と20歳の若武者は意気込む。
「舜平大」(しゅんぺいた)の名前は侍のようでかっこいいと思ったら、20世紀前半の経済学者ヨーゼフ・シュンペーターから名付けられたと言う。それでもこの名前、一度ブレークしたら忘れられないほどのインパクトがある。
WBCに耳目が集まる3月に、オリックスの秘密兵器がどこまで評価を上げていくか? 受験生ならずとも気になる合否の春である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)