不安の中で歩み始めた世代

　『第95回記念選抜高等学校野球大会』が心躍る大会となったのは、準優勝に輝いた報徳学園（兵庫）の躍進が大きかった。

　同校は3回戦の東邦（愛知）戦、準々決勝の仙台育英（宮城）戦と2試合連続で延長タイブレークを制して勢いに乗った。準決勝の大阪桐蔭（大阪）戦では、5点差をひっくり返す逆転勝利。相手の選抜連覇も阻止している。

　厳しい戦いの連続だった。東邦は昨秋の東海地区王者で、仙台育英は昨夏の甲子園王者。そして大阪桐蔭は昨年の選抜王者だ。難敵を立て続けに破ったことが、勢いだけではない地力の高さも示していた。


　こうして21年ぶりに甲子園の決勝までたどり着いた報徳学園ながら、昨夏の新チーム結成時点では春の躍進が想像できるチームではなかった。

　大角健二監督は「去年の3年生は元気あり、選手たちが自立した良い学年だった。それに比べれば物足りない不安だらけの代だった」と振り返る。例年と比べて戦力層が充実しているわけではなかった。


　さらに、新3年生の中にはリーダー格と呼べる存在も見当たらなかった。

　大角健二監督は、指揮官となって初めて選手間投票で主将を決定。そこで選ばれたのが、今秋ドラフト候補に挙がる堀柊那捕手（3年）だった。

　しかし、堀自身が「人前で話すのは苦手です」と認めるように、リーダータイプではない。指揮官は「自分たちで決めた主将なのだから、責任を持って全員で支えなさい」とメッセージを込めたものの、不安だらけの船出となった。

「このままでは絶対に甲子園に行けない」

　そんな頼りなかったチームは、ある雨の日を境に生まれ変わる。

　昨秋、予定されていた兵庫県大会が当日の朝により雨天中止となった日があった。選手たちは、試合会場ではなく学校に集まった。ところが、小雨しか降っていないにも関わらず、誰ひとりとして練習の準備を始める気配がなかったのだ。

　あきれたコーチ陣が選手を待たずにグラウンド整備を始める始末。その姿を見た選手が、慌てたようにグラウンドに飛び出してきた。

　さらに、選手の格好はユニフォームではなくジャージー姿だった。雨が強くなる前に少しでも屋外で練習しようとする姿には見えなかった。


　首脳陣が選手を叱責するのも当然だった。練習後のミーティングは、約1時間にまで及んだと言う。

　翌日に臨んだ県大会は辛勝だった。選手個々の能力は県内屈指とはいえ、雰囲気が引き締まらない状況では、苦戦するのは試合前から目に見えていた。

　下を向くナインは、指揮官から連日の叱責を覚悟していた。しかし、伝えられたのは一言だけだった。

　「もう分かってるよな」

　試合後、人前で話すことが苦手な堀が選手間ミーティングを開き、熱く呼びかけた。

　「このままでは絶対に甲子園に行けない。やるなら、とことんやろうや！」

　そして、チームに闘志が芽生えた。そこからの1週間は、選手が練習メニューを考えるなど、指揮官が求め続けてきた自主性も生まれた。

立ちはだかった大阪桐蔭・前田悠伍

　その1週間後、県大会準々決勝・滝川二戦に臨んだ。

　相手は、今秋ドラフト候補に挙がる最速149キロ右腕・坂井陽翔を擁する難敵だったが、7回まで無得点と苦戦を強いられながら、8回に一挙4点を奪って勝利した。

　この一戦では、選手から声やガッツポーズが自然と出ていた。こうして一致団結して相手に立ち向かう姿勢は、これまでには見られなかった姿だった。


　大角監督がチームの変化を振り返る。

　「シンプルに声が出るようになるなど、気持ちが見えるようになりました。その1週間後が坂井くんとの対戦だったことで、余計に火がついたはず。あの1週間が、この子たちにとっては良かったのかなと思います」

　その後、近畿大会では決勝まで進んだものの、大阪桐蔭のエース左腕・前田悠伍に3安打完封負けを喫した。

　この屈辱を糧に、オフ期間の厳しい練習中は「また3安打で負けるぞ」と選手同士で鼓舞し合った。相手の屈強な体格に学び、ウエートトレにも時間を割く。さらには左腕相手の走塁練習も増やした。

　前田にリベンジするという新たな目標が、チームの結束力をさらに高めた。

夏こそ頂点を目指して

　こうして迎えた選抜・準決勝。大阪桐蔭との再戦を果たした。

　相手の先発は、背番号10の南恒誠だった。3回表終了時点で0－5と相手に引き離されても、「前田を出すぞ！」と下を向かなかった。

　そして、2－5の7回に4連打を浴びせて、前田悠伍をマウンドに引きずり出すと、同点の8回一死一塁から4番・石野蓮授（3年）が左越えの決勝二塁打を決めた。

　決勝戦の敗退後、報徳学園側の取材エリアには重たい雰囲気が漂っていた。それは、誰ひとりとして準優勝に満足していない証拠だった。


　その中で、最も悔しさを顕わにしていたのが堀だった。

　「みんなにとって、良い経験となったと思います。試合に出ていたメンバーもスタンドの子たちも同じような思いをしたくないと思っていると思う。明日から全員で一球にこだわってやり直します」

　以前から夏の日本一を目標に掲げてきた。そこに「選抜のリベンジ」という新たな意味が加わる春となった。


文＝河合洋介（スポーツニッポン・アマチュア野球担当）