選抜連覇に挑んだ大阪桐蔭のエース
山梨学院(山梨)の初優勝で幕を閉じた『第95回記念選抜高等学校野球大会』。今大会に登板した投手の中で、別格の実力を示したのが大阪桐蔭・前田悠伍(3年)だった。
1回戦・敦賀気比(福井)戦の14奪三振に始まり、準々決勝・東海大菅生(東京)戦では11奪三振。登板4試合・21回2/3で計28奪三振と連日の奪三振ショーで魅了した。
その前田でさえも、選抜連覇には届かなかった。
準決勝・報徳学園(兵庫)戦は今大会2度目の救援待機。出番は1点差に迫られた7回無死一・三塁からだった。
代打・宮本青空(3年)に左前打(記録は左ゴロ)を許して同点に追いつかれると、同点の8回一死一塁から4番・石野蓮授(3年)に決勝二塁打を献上。昨夏に続く甲子園2度目の敗戦投手となり、連覇の夢は途絶えた。
「相手の応援を自分の応援と捉えて」
ただし、前田が今大会を通して昨夏との違いを示したのもまた事実だった。その成長とは、前回の黒星には見られなかった精神面のたくましさである。
昨夏の準々決勝・下関国際(山口)戦は「頭が真っ白になった」と振り返る。9回を1点リードで迎えながら、相手の逆転勝利を期待する大声援に冷静さを失って逆転負けを喫した。
今回の報徳学園戦は、昨年とは明らかに違った。
最大5点のビハインドから猛攻を仕掛ける相手に観客が今大会一番の声援を送る状況でも、マウンド上から野手に声をかける落ち着きを見せた。
逆転打を許した直後も、昨夏のような強ばった表情を見せることはなかった。少しばかり微笑むような顔をつくって、ナインを落ち着かせようとしていた。
この姿勢は、今大会を通して貫いた振る舞いでもあった。
初戦の敦賀気比戦、「(昨夏の)経験というのはすごいのだな……と感じました」と口にしたのは本音だ。
「相手の応援を自分の応援と捉えて、すごく楽しく投げ込めました。周りを見たり、内野やベンチに声をかけたり、応援歌を口ずさむ余裕もあった。これを続けていきたいです」
その心のゆとりを最も感じさせたのが、3回戦・能代松陽(秋田)戦だった。
「自分たちの弱さを夏までになくしていきたい」
1-0の8回一死二塁から2番手として緊急登板し、無失点にしのぐ好救援を見せた。
2イニング目だった1-0の9回には先頭打者に左前打を許して、下関国際戦と同じ「2番手」「1点リードの9回」「先頭打者出塁」という状況を迎えても、慌てることなく後続を片付ける。
「一瞬、夏の試合を思い出しました。でも、そこで引いていたらダメだと思いました。夏のときは頭が真っ白になったけど、あの経験をしているから一つ冷静になれました」
昨夏の敗戦を糧に、オフ期間から甲子園での緊迫した場面を想定して練習を積んできた。
「下半身を使えれば、ピンチでも冷静になれる」と、下半身主導の投球フォームに取り組んだ。冬の走り込みには、精神面を鍛える意味合いもあった。「夏は自分で何とかするしかないと思っていた」と反省し、マウンドからナインを見渡し、声をかける冷静さも兼ね備えた。
「下関国際戦は自分の持ち味である強気の投球ができなかったけど、引いた投球をしなくなったのは成長かなと思います。やってきたことが今日(能代松陽戦)につながりました」
頂点には届かなかったとはいえ、主将として最後まで堂々と振る舞った。
準決勝敗退後には、準備時間が短かった救援登板を言い訳にせず、「自分たちの実力不足を痛感できました。今日学んだ自分たちの弱さを夏までになくしていきたいです」と懸命に前を向いた。
昨夏の敗戦を成長の養分にしたのと同じく、今春の経験もまた力に変えるだろう。
直球のキレ、緩急を自在に操る手先の器用さ、高校生離れした投球術など総合力の高さから、すでに完成形のように見られることもあるが、それは違う。前田には無限の伸びしろがある。
文=河合洋介(スポーツニッポン・アマチュア野球担当)