コラム 2023.05.11. 18:27

ファームの“呪縛”から放たれて【一筋の光が見えてきた! 気になるアイツ】

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阪神・大竹耕太郎(左)、日本ハム・田中正義(右) (C) Kyodo News
 昨年まで、ソフトバンクの二軍でくすぶっていた男たちが新天地で見違えるほどの輝きを放っている。

 一人は田中正義投手。ソフトバンクにFA移籍した近藤健介選手の人的補償で日本ハムにやってきた。もう一人は現役ドラフトで阪神から指名された大竹耕太郎投手だ。

 プロ7年目を迎える田中は2016年のドラフト1位。創価大時代に56回無失点の快記録を樹立した剛腕は、5球団が競合の末にソフトバンク入りした。

 しかし、学生時代から抱えていた右肩痛に肘痛も発症して鳴かず飛ばずの時代が続く。6年間のソフトバンクでは大半をファームでリハビリに明け暮れ、0勝1敗2ホールド。失意のまま、日本ハム入りが決まった。

 開幕当初は中継ぎ要員だったがチャンスが巡ってきたのは4月下旬のことだ。


 クローザーを務めていた石川直也投手が左足内転筋痛で一軍登録を抹消。150キロ超のストレートとフォークで三振の取れる田中が代役に指名された。

 4月21日の楽天戦こそ、一死も取れぬ乱調でサヨナラ負けを喫したが、同月26日のオリックス戦で初セーブを記録すると、“新守護神”の無双ぶりが始まる。5月7日の楽天戦では同点の9回表に登板して三者三振の快投でチームのサヨナラ勝ちを呼び込んだ。

 7年目の初勝利。「時間はかかってしまいましたが、こういう景色が見られてすごくうれしいです」。お立ち台の上でニューヒーローは涙を流した。

 10日現在(以下同じ)1勝4S1Hの活躍はソフトバンク時代の6年間よりも濃密だ。田中が初セーブを上げてから、チームは8勝4敗で最下位を脱出して上げ潮ムード。これほどやりがいのある立場もない。


阪神で大きな転機が訪れた大竹


 田中がドラ1の「元エリート」なら、阪神に拾われた大竹は17年の育成ドラフト4位の雑草派である。ソフトバンク時代の19年には5勝を上げるなどブレークしかかったが、一軍投手陣の厚い壁に阻まれ直近2年は未勝利に終わっていた。

「僕が二軍で完封しても3回5失点の投手が一軍へ上がっていく」。悔しくてもそれが現実であり、大竹の置かれた立場だった。

 140キロ台のストレートにカーブやチェンジアップを駆使して打ち取る技巧派左腕。そんな大竹にも、田中同様に大きな転機が訪れる。

 阪神の先発投手陣はソフトバンクと比べても見劣りしない強力な陣容だが、今季は開幕前に左腕エースの伊藤将司が左肩の違和感で出遅れた。その分、ローテーションの谷間が生まれ、代役として抜擢されたのが大竹だった。

 今季初先発となった4月8日のヤクルト戦で6回を無失点で切り抜けると3年ぶりの白星がついた。それ以降は無傷の4連勝でセ・リーグのハーラーダービー・トップを快走。防御率0.36も規定投球不足ながら特筆される安定感だ。

 選手層の厚さでは12球団一のソフトバンクにあって、田中と大竹は「失格」の烙印を押されたに等しい。

 チームは昨年のドラフトで5選手を指名する一方、育成枠で実に54人を獲得している。三軍どころか、四軍まで創設して埋もれた人材の発掘に力を注ぐ。30歳に近づく二人への期待値は下がっていった。

 ソフトバンクのドラフト戦略には大きな特徴がある。ドラフト1位指名の多くが結果を出せないでいるのに対して、育成組の活躍が目覚ましい点だ。

 2010年以降のドラフト1位を見ていくと、現在1軍の主力級で活躍しているのは東浜巨投手(2012年)ただ一人。ところが育成組には甲斐拓也、石川柊太、大関友久、牧原大成、周東佑京各選手らレギュラー組がズラリ。出世頭の千賀滉大投手は今年からメッツで活躍している。

 ドラフト1位の田中が、必ず一軍切符を約束されたわけではない。育成入団でも這い上がっていく強者もいる。しかし、ファームでの生活が長くなれば、わずかなチャンスを掴まないと、その先のステップアップも望めない。他球団以上に未完の大器が揃うソフトバンクではなおさらだ。

 ひとつの転機、ひとつの抜擢がプロ人生を変えようとしている。

 田中と大竹に訪れた突如の春。これまでの辛酸を考えたとき、まだまだ手綱を緩めるわけにはいかない。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)

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