白球つれづれ2023・第20回
「あーん」だ、「おーん」だの“岡田語”が話題を呼んでいる。
15年ぶりに古巣復帰の阪神・岡田彰布監督。就任早々「アレを掴み取る」と独特な言い回しで優勝宣言したぐらいだから、マスコミにとって見出しのつけやすい指揮官である。
さすがのベテラン監督は、手腕も冴えわたっている。
14日のDeNA戦では、実に9シーズンぶりとなる21安打猛爆で3連戦3連勝。25日ぶりの単独首位に返り咲いた。
昨年は開幕から泥沼の9連敗。セ・リーグの20勝一番乗りを果たした今季に対して1年前は同じ34試合消化時点で11勝22敗1分けの最下位だから、天国と地獄ほどの差がある。
虎党にとっては、応えられないメモリアルデーにあって、地味ながら嬉しい出来事もあった。「8番・遊撃」が定位置の木浪聖也選手が規定打席に到達すると、打率.356でいきなり打撃成績の3位に躍り出たのだ。投手の前を打つ下位打者がこの成績だから、快進撃もうなずける。
監督復帰にあたって、指揮官が真っ先にチーム改造に乗り出したのが、守備力の強化だった。昨季のチーム失策86は5年連続リーグワースト。優勝を実現するために最も改善が必要な弱点だった。
そこで着手したのが大山祐輔選手の一塁と佐藤輝明選手の三塁固定で外野との併用を辞める。さらに守備の要と言うべき二遊間にメスを入れた。具体的には送球に不安定さのあった遊撃・中野拓夢選手を二塁にコンバート。ショートには木浪と小幡竜平選手のいずれかを起用するのが基本線だった。
開幕戦は小幡が先発起用されたが、徐々に木浪が出場数を伸ばし、今では不動のレギュラーとなっている。
「彼の存在はチームを落ち着かせ、安定感が生まれる」
2018年のドラフト3位で入団すると1年目には開幕戦に「1番・遊撃」で華々しくデビュー、年間を通して.262の打率も残して前途洋々と思われた。だが、3年前に中野が入団すると、レギュラーの座を追われ出場機会は激減。昨年は自己最少の41試合にとどまっている。
現役時代の岡田監督は二塁手。評論家として古巣の戦いを見るにつけ、“ザル守備”の弊害を厳しく指弾してきた。特にショート・中野の肩の弱さを見抜き、それがスローイングの不安定さにつながっていると判断。記録に表れない併殺崩れなどもあった。
その中野が二塁手として溌剌とプレー。「二塁の場合、一塁との距離が短いので落ち着いてプレー出来る」と語る。中野、木浪の二遊間でこれまで失策は各一つ、佐藤輝の6失策は、未だにいただけないが、内野陣が締まったのは、指揮官の「慧眼」と言うべきだろう。
指揮官の野球観や、適材適所によって選手も生まれ変わる。まさに木浪の場合は好例だ。
「彼の存在はチームを落ち着かせ、安定感が生まれるわな」と言うのが岡田監督の木浪評、一度は失ったレギュラーの座へのこだわりと、監督の信頼に応えようとする必死さが今の好成績につながっている。
「レギュラーとして規定打席到達なんて、今まで一度もない。まずは、試合に出て、どう活躍して、どうチームに貢献していくかを考えていきたい」と縁の下の力持ちは、どこまでもクールだ。
長いシーズン、どのチームも誤算は生まれる。阪神で言えばシェルドン・ノイジー、ヨハン・ミエセス両外国人野手の不振やクローザーに予定していた湯浅京己投手の離脱、エース格の青柳晃洋、西勇輝投手らも本調子には程遠い。こうした不安要素を補っているのが現役ドラフトで獲得した大竹耕太郎投手の開幕5連勝であり、木浪の予想を上回る奮戦である。まさに岡田監督の“精神安定剤”たる所以だ。
青森山田高時代の同級生にはDeNAの京田陽太選手がいる。こちらも中日では失格の烙印を押されたが、新天地で定位置を掴みつつある。
同じように挫折を味わった遊撃手同士、今度こそその座を手放すわけにはいかない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)