白球つれづれ2023・第27回
スポーツには様々なドラマがある。
先週(6月26日~7月2日)の国内プロ野球でも、いくつかの興味深いシーンが生まれた。今回、取り上げるのは2人の捕手たちの話題である。
まずは、巨人の岸田行倫選手。6月30日の阪神戦は9回でも決着がつかず延長戦に突入する。10回裏二死無走者で代打に起用された伏兵が、右翼席まで運ぶ劇的なサヨナラ本塁打でチームに白星をもたらした。
どれだけ劇的かと言えば、大久保博元打撃コーチが号泣している。岸田が浴びたウォーターシャワーは、他の選手のために岸田自身が作成していたものだと言う。プロ6年目で2本目となる本塁打は巨人vs阪神戦に限れば12年ぶりの代打サヨナラ弾となった。
同じ日、横浜では中日の新参者・宇佐見真吾選手がバットで魅せた。
DeNAの絶対エース、今永昇太投手に7回までわずか2安打に抑え込まれていたが、8回二死から代打で起用されると左中間に貴重な同点二塁打。これで勢いを得たチームは9回の逆転劇につなげた。
先月19日に突如、中日に移籍した。日本ハムからは齋藤綱記投手と宇佐見、中日からは山本拓実投手、郡司裕也選手による2対2のトレードだった。
元はと言えば、中日の主戦捕手である木下拓也選手が、その直前に右手甲の骨折で長期離脱が決定。後釜として白羽の矢が立てられたのが宇佐見と言う背景がある。
中日と日本ハムの間では、昨オフに自由契約となったアリエル・マルティネス選手が日本ハム入りしている。強打の捕手としてある程度の実績も残した外国人捕手の放出には、ファンの間からも疑問視する声もあった。そのマルティネスが日本ハムでは水を得た魚のように活躍、逆に中日では手薄になった捕手の座に日本ハムから宇佐見を獲得する“付け焼刃”の補強策には首を傾げざるを得ないが、そんなドタバタ劇も立浪中日の現状を表している。
捕手は言ってみれば「割の合わない」ポジション
とにもかくにも、新たな職場に移った「強打の捕手」はそのバッティングでアピールを続けている。3日現在(以下同じ)7試合の出場ながら11打数6安打で打率は.545の驚異的な滑り出し。立浪和義監督は今後、捕手としての出番も増やしていく構想だが、あまりの貧打のチームにあって、ここ一番の代打の切り札としても捨てがたい。
岸田と宇佐見は元巨人のチームメイトでもある。宇佐見がプロ8年目に対して岸田は同6年目。巨人では阿部慎之助現ヘッドコーチが長く正捕手の座に就き、現役引退後は小林誠司、大城卓三選手らが後を継いだ。
捕手と言うポジションは1人の正捕手が固まると、控え選手に中々出番は回って来ない。近年では複数の捕手を併用するケースも増えているが、それても3番手以降にチャンスは限られる。岸田も宇佐見も、いわゆる“その他大勢”の組として一軍よりもファームの暮らしが長かった。
他の野手に比べて、活躍の場が限られるうえに、労働量は人一倍過酷だ。自軍の投手の特徴を生かすリードを求められ、相手チームの研究にも時間を費やす。おのずと打撃練習に割く時間も少ない上に、出場すれば怪我はつきもの。言ってみれば「割の合わない」ポジションである。加えて、ベンチ入りする野手の中で最後まで起用されないのも控え捕手の宿命。万が一、代わりの捕手がいなくなればゲームも成り立たないので、指揮官はその起用をためらうからだ。
ソフトバンクの近藤健介や栗原陵矢選手らは、いずれも捕手から野手に転向して成功を収めている。もし、仮にそのままマスクを被っていればここまでの活躍はなかったかも知れない。それでも一度、キャッチャーと言うポジションを務めた者の多くはその魅力を捨てきれないと言う。
劇的アーチから2日後の阪神戦。延長12回の死闘にも岸田の出番はやってこなかった。最終回の代打攻勢もアダム・ウォーカー、中田翔選手が起用されるも連続三振で引分けゲームセット。ネクストサークルでバットを振り続ける岸田の無念さが伝わった。次にスポットライトを浴びる日はいつになるのか?
宇佐見にしても、正捕手の木下が戻ってくるまでに、どれだけ首脳陣にアピールして、信頼を勝ち得るかが勝負となる。
長年、控え捕手の立場からチームを支えてきた「黒子」たちが、一瞬であっても光り輝いた。こんなドラマがあってもいいと思える一週間だった。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)