白球つれづれ2023・第31回
7月最後の対DeNA3連戦。2勝1敗と勝ち越したヤクルトの歓喜の中心には村上宗隆選手がいた。
30日の3戦目には2試合連発となる19号本塁打をマーク、トップを行く岡本和真選手(巨人)と3本差、打点も54まで伸ばして牧秀悟選手(DeNA)と5差だから、タイトル争いを射程圏に捕えたと言っていいだろう。
あの王貞治を抜く日本人最多の56本塁打に、史上最年少での三冠王。ファンやマスコミは、こぞって「村神様」と称え、流行語大賞にまで選ばれた。昨年はまさに「村上による村上のためのシーズン」だった。
ところが、今季は一転してどん底からのスタートとなった。
4月の月間打率は何と.152。身長にも届かない数字を揶揄され、三振の山と失策の多さだけがクローズアップされた。
5月末の交流戦前になっても、本塁打数こそ9本でトップに並んだが、打率は依然として低空飛行(.217)を続けてチームは最下位争いの渦に飲み込まれて行く。
WBCで見失った自分流のトレーニング
何が、村上をここまで狂わせていったのか?
自らの口で不振の因を語ったのは7月23日に放送されたフジテレビのスポーツ番組でのこと。最大の要因はWBCにあった。
大谷翔平、ダルビッシュ有や、今季からメジャーに挑戦する吉田正尚選手ら文字通りのスター軍団にあって、彼らが活躍するためのトレーニング法や肉体改造の話を見聞きするうちに、自分流のトレーニング法すら見失ってしまった。
「いろいろなところに手を出しているうちに、何が正解か分からなくなってしまった」と言う。
もちろん、侍ジャパンの4番を託されながら結果を出せない精神的な苦しみや、目の前で大谷が怪物級の大飛球を連発すれば、自然と力みも生まれて来る。何とか、五番降格後の準決勝、メキシコ戦でサヨナラ二塁打を放ち、決勝の米国戦でも先制アーチを記録するなど、世界一に貢献したが、心にモヤモヤを残したまま、帰国して開幕を迎えている。
三冠王のオフは超多忙を極めた。そこにWBCでの未知の体験。さらにチームに戻ると山田哲人、塩見泰隆ら主力野手の相次ぐ故障で満足な陣容すら組めない。すべての重圧を背負って空回りの日々が続く。ようやく、昨年まで取り組んでいた下半身を鍛え抜く自分流のトレーニングに戻したのは5月中旬頃からだと言う。
すると、次第にいい感触を取り戻し、打撃成績も上昇カーブに乗り出す。7月は初めて打率を3割台(.312)に乗せて、7本塁打、17打点と村上らしい迫力が戻ってきた。
とは言え、昨年の「神様時代」の7月末時点の本塁打数は37本で、今季の倍近くだからまだまだ理想形には程遠い。それでもホームランの打球方向は左、中、右と全方向に打ち出した。量産体制に入ったと見ていい。
「一振りで流れをガラッと変えてしまう打撃は非常に大きい」と高津臣吾監督も主砲の一発の効能に、反撃への手応えを感じている。
昨年も6、7、8月と3カ月連続月間MVPを獲得した夏男。苦しみの末に掴んだ確かな手応えを簡単に手放すわけにはいかない。
「まだまだこれから。(シーズンが)終わった時に良い成績を残せるように頑張ります」
一度は地に堕ちた「神様」が再び頂点に上り詰めるか。ヤクルトの残り試合数は52。村上の神がかったバットに再び注目が集まる。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)