あくまで地域密着の「ふるさとプロ野球」
最近、「NPBファーム」を巡って独立リーグ界が喧しい。
現在NPBの二軍リーグであるイースタン、ウエスタンの両リーグは奇数運営となっている。6球団ずつに分ければいいではないかという意見もあるが、移動費の負担などを考えると、西5:東7という数に落ち着くようだ。
現場からはシーズン中に試合のない日が多くなり、ファームの運営に困るという声も聞かれるが、本質的に興行利益を出しにくい二軍の公式戦には移動宿泊費をできるだけかけたくないというのが、球団側の本音のようである。
そこでNPBは来季に向けて「最大4」という数字を挙げて二軍公式戦のみに参入する新規球団を公募する方針であるが、これに少なからぬ既存独立リーグ球団が反応した。
既報では、ルートインBCリーグから新潟と栃木(新たに新チーム設立。現独立リーグ球団は維持)、ヤマエグループ九州アジアリーグからは火の国サラマンダーズが名乗りをあげ、このほか数球団が説明会に参加している。
その一方で、NPBファーム参入に興味を示さない独立リーグ、球団もある。日本の独立リーグの元祖、四国アイランドリーグplusは現在のところ、NPBファーム参入に関して目立った動きは見せていない。
最終的な判断はここの球団が行うのであるが、このリーグを覆う空気はあくまで地域密着の「ふるさとプロ野球」という姿勢を堅持していくようである。
過疎地へも足を運ぶ地道な活動
美しい自然が残っている四国の南東海岸は室戸阿南国定公園に指定され、ウミガメの産卵地・日和佐やサーフィンのメッカ・海陽町、東洋町、そして室戸岬とその周辺のジオパークなど観光資源の豊富なところである。
しかし、一方では幹線道路から離れたへき地という性格から人口流出という悩みを抱えている地域でもある。昭和の高度経済成長期には、徳島から室戸を通って高知に出る国鉄路線の建設が予定されていたが、それも国鉄のJRへの再編もあって未成に終わっている。
線路は徳島県海陽町から県境を越えて室戸岬の手前40キロの東洋町まで、高知県側は同じく室戸岬の手前30キロの奈半利町まで第3セクター路線が伸びたまま、その先はおそらく永久につながることはないだろう。
7月初め、この地でアイランドリーグの公式戦が行われた。8日土曜に徳島県海陽町の蛇王野球場で徳島インディゴソックス-高知ファイティングドッグス戦が、9日日曜には高知県の室戸マリンスタジアムで高知-愛媛マンダリンパイレーツ戦が実施されたのだ。
梅雨の真っただ中、予報は雨だったが、幸い両日ともお湿り程度しか降ることはなく、心待ちにしていた地元ファンの前で無事試合は挙行された。
この2試合を戦った高知球団の一行は、連日県央部にあるチームの拠点である越知町・佐川町から両地へ日帰りで移動したという。初日の試合会場・海陽町まではその距離約170キロ、実に5時間をかけてたどり着いている。
聞けば、早朝5時に集合したらしい。試合後、同じ時間をかけて帰り、翌朝また室戸でのゲームに向かったという。移動距離は近くなったものの、この試合は主催ゲームのため、出発時間は変わらなかった。
「今回は試合ができて良かったよ。前は雨予報の中、出発したけどグラウンドに着いたらやっぱり雨で結局中止ってこともあったのよ」とは、高知のコーチ、定岡千秋の言葉。同チームの監督も務めたこともある往年の名内野手は、「独立リーグあるある」を笑い飛ばす。
どこの球場へ行っても、地元民と気軽に会話を楽しむ彼の姿からは、独立リーグの指導者に求められる資質がどのようなものなのかをうかがい知ることができる。
8日の試合会場、蛇王運動公園は1993年の東四国国体の軟式野球会場として建設されたものである。つまり硬式野球の試合会場としては不適で、実際この日は練習開始から試合終了まで球場前を通る自動車道にはガードマンがついてドライバーにファウルボールに気をつけるよう呼び掛けていた。
築30年を迎えるスタンドは老朽化が進み、プロ興行が行われる球場とは思えないものだった。実際、NPBであればファーム戦でも実施されることはないだろう。
それでも徳島球団は、ここでシーズン前のキャンプを張り、その成果のお披露目の場として年一度はここで公式戦を行う。どこからでも出入り自由という球場の構造上、チケット販売は行わず、地元企業から小口のスポンサー料をとって、地元民への還元というかたちで試合は無料開放される。
観客は169人。NPBと比べれば信じられない数字だが、現状の独立リーグにおいては特別少ない数ではない。この試合では、もうアイランドリーグではベテランと言っていい、西アフリカ・ブルキナファソからやってきた高知のスラッガー、サンフォ・ラシィナが技ありの逆方向へのホームランをライトへ2発放った。
このような豪快なアーチや、この日はマウンドには登らなかったが、徳島の160キロドミニカン、ロドルフォ・マルチネスのような助っ人外国人投手の剛球をこの僻地の野球ファンが目にすることができるのは、独立リーグの存在あってこそのことだろう。
徳島球団は年一度のこのイベントを盛り上げようと、拠点を置いている徳島市から地元大学のチアリーディング部を招き、試合に彩りを添えていた。
ゲームは徳島の敗戦に終わったが、勝敗そのものよりプロらしい締まったプレーにスタンドのファンは拍手を送っていた。また、この試合に足を運んだのは、地元民だけではない。
「次いつあるの?香川は遠いから行かれへんわ」と、試合後の見送りをしている球団社長にひとりの老齢の女性が声をかけていた。彼女は県内で試合がある限り車を運転して観戦している常連客のようだった。
決してその数は多くなくとも、レベルの高い野球をフランチャイズ県内のどこにでも届けに行く。「ふるさとプロ野球」の真髄を見たような気がした。
地域の「公共財」としての認知
翌日は早朝からの移動。わずか40キロほどの距離だが、僻地を結ぶ公共交通機関は限られている。バスを乗り継いで来たと言うと、球場で出迎えてくれた高知球団のスタッフは驚いていた。
高知県室戸市の人口は約1万1000人。ここ30年で半減している。数年後には1万人を割り込むだろう。室戸岬という観光資源はあるが、海外旅行が一般的になり、東京・大阪といった大都市圏に様々なアトラクションができた今、アクセスの悪いここまで足を運ぶ観光客は決して多くない。
私が乗ったバスも他に乗客はほとんどおらず、四国八十八箇所巡りをしているインバウンド客が、名刹近くのバス停で降りていった。ひっそりとした町中には、役所から鳴り響くこの日の試合観戦を促す放送が鳴り響いていた。
室戸マリン球場は、町を見下ろす高台に位置している。周辺の体育館やサブグラウンドとともに、一大スポーツコンプレックスを形成している。この球場も、国体の軟式野球会場として建設された「ハコモノ」であるが、「その後」を考えて硬式仕様に建設されている。
町の規模に比べ立派なスタンドのキャパシティは9000人。人口減が進む中、数年後には全町民を収容できることになるだろう。サブグラウンドに室内運動場を備えた施設は、現在では学生野球の合宿地として人気のようで、球場のスタンド下の壁面には、この地で合宿を行った大学、高校の色紙が陳列されていた。
7月9日の高知対愛媛戦の来場者は240人。この240人のために、両チームははるばる四国の果てというべきこの地まで両チームは足を運んでいる。そして、この日も入場料は無料だった。
高知球団は、メイン球場のある高知市以外で実施する公式戦は基本入場無料としている。今シーズンは県内の四万十市、安芸市、香美市、越知町、大方町の他、岡山県笠岡市で公式戦を行うが、すべて無料でスタンドを解放している。
独立リーグでは、無料試合は珍しいことではない。入場者が見込みにくい試合で無理にチケット販売を行うよりも、非興行試合とすることで球場使用料を抑えた方が、メリットがあるからだ。
ただ、プロ球団である以上、何らかの売り上げは確保せねばならない。だから、先述の徳島球団などは地元スポンサーを募ることでこれを確保しようしているのだが、高知球団の場合は、地元自治体に興行を買い上げてもらい、一種の行政サービスとして市民を招待するというかたちをとっている。「市民」とはいうが、実際は試合開催地の住民でなくとも入場は無料だ。
しかし、これを行うには独立リーグ球団が「公共財」として認知される必要がある。だからこそ、アイランドリーグ各球団は、児童の登校見守りや野球教室などの地域貢献活動を地道に続けている。
高知球団も室戸高校に発足した女子野球部と提携し、技術指導などを行っている。この日の試合でも、ユニフォーム姿の女子高生や地元少年野球チームの少年たちが、試合運営に参加していた。彼ら彼女たちにとって、この日の体験は貴重なものになるにちがいない。
スポーツビジネスの世界にはインタンジブル・ベネフィット(intangible benefit=無形の便益)という言葉がある。プロスポーツチームそのものが興行的に黒字を出さずとも、それがあることにより、地域に不可視的な便益を生み出すならば、地域社会が援助すべきという考え方だ。
実際、日本の独立リーグは試合興行のチケット収入では企業体としては成り立たない。地元企業からのスポンサー収入や、自治体からの支援によって経営を成り立たせている。
これに対しては否定的な意見もあるが、野球人口減が叫ばれている現在、毛細血管のように「野球の種」を僻地にまで送り届けている独立リーグの役割は今後の野球界には欠かせないものと思われる。
文=阿佐智(あさ・さとし)