厳しい立ち上がりから見事に立て直す
「2ケタ勝てたことは嬉しいですし、これからまだ勝てると思うので頑張りたいと思います」
試合後のお立ち台で、まばゆい笑顔を見せてファンの声援に応えた東克樹。トミー・ジョン手術を経験し、厳しいリハビリを経て到達した10勝目は、ルーキーイヤーの2018年以来で実に5年ぶり。
苦難を乗り越えた左腕にとって意味の大きな1勝は、チームの逆転優勝の望みをつなぐ意味でも大きな1勝となった。
8月18日、首位・阪神との真夏の3連戦。初戦のマウンドを託された東は、7回を最少失点で投げ抜き勝利。しかし、初回から3本の安打を集められ先制点を許すなど、立ち上がりは不安定だった。
本人も「調子自体は、良いか悪いかで言えば悪かった。正直な話、久しぶりの暑さで初回や2回、3回くらいまではすごくボーっとしていたというか、熱中症みたいな感じだった」と明かしている。
そんな苦心の投球となった中でも最少失点に抑えることができた点については、「どう抑えるかを自分の中で考えながら、対策しながら投げることができた。自分の中でも価値のある1試合だったと思います」と頷いた。
具体的な修正ポイントとしては「しっかりと先頭打者を抑えることを意識して投げた」と言い、その言葉通り3回は中野拓夢を三振に仕留め、4回も初回に適時打を浴びたシェルドン・ノイジーを空振り三振。さらには6回も再び中野を三振に斬るなど、先頭を断つことで立ち直った。
その後は普段通り「ゾーンで勝負して、ヒットを打たれるのは仕方ない。ハマスタなので長打を警戒して、シングルはOKぐらいの気持ちで」とリズムよく投げ進める。
「もし打たれても、次の打者を抑えるということは日頃から(山本)祐大と話していることなので、焦ることなく投げることができました」
テンポよく無四球ピッチングを展開したことが、バックの好守備も呼び込んだ。
足をつりながらマウンドを守った執念と冷静な思考
1-1で迎えた7回表には、一死満塁の大ピンチ。このゲーム最大の見せ場がやってきた。
阪神・岡田彰布監督は、好投の村上頌樹のところで代打のヨハン・ミエセスを送る勝負手を切る。
この時、東の球数は90球。「いつもより汗が出ていた」ことも影響したのか、左腕はこの局面で左足をつってしまう。
しかし、状態の確認に来た斎藤隆コーチに対して「“一回ベンチに下がるか”と言われたのですが、下がったらリズムが悪くなるので」と断りを入れた。
アドレナリン効果を持続させながら、100球を超えながらも粘る相手に根負けすることなく投げ込んで行く。
「まっすぐでも、チェンジアップでも、カットボールでもファウル。どれで行こうかと思ったところで、あの場面はゴロを打ってくれるのがいいなと思ったので、結果そうなって“あの球”にして良かったなと思いました」
フルカウントからの11球目。132キロのチェンジアップを打たせると、三塁線を襲うゴロを宮﨑敏郎が逆シングルで抑えて狙い通りの併殺。「おそらくストライクからボールになっても、ファウルになるか見逃してくると思ったので、ゾーン内で勝負しました」とあえてストライクゾーンに残すボールを選択して、最大のピンチを切り抜けることに成功した。
するとその裏、女房役の山本祐大が二死一塁から値千金の決勝二塁打。流れを相手に渡さなかったことで、自らに白星が転がり込んできた。
前回登板の8月11日・巨人戦では、好投を見せながら8回裏に痛恨の勝ち越し弾を浴びた。それでも、直後の9回表に牧秀悟の逆転アーチが飛び出し、チームも勝利して勝ち投手に。歓喜に沸いた9回表のベンチの一角で、涙を流すシーンが話題になった。
「表の攻撃をしのいで祐大が打ってくれたので、僕自身もロッカールームでガッツポーズをしました。ベンチで見ていたら、分からなかったですね」
2戦連続の劇的な勝利に、再び感極まることもあり得たと笑って振り返った。
味方のファインプレーや援護に対して時に涙を流すほど喜びを前面に出す熱い部分を持ちながら、ピンチの場面では冷静な状況判断で切り抜けることができる左腕。
胸突き八丁の終盤戦で2つも勝ち星を得た強運は、まだ諦めていない三浦ベイスターズにとって代えがたい財産だ。
取材・文=萩原孝弘