コラム 2023.08.29. 06:00

仙台育英・須江監督の言葉はなぜ人々の心を打つのか?【白球つれづれ】

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仙台育英・須江監督 (C) Kyodo News

白球つれづれ2023・第35回


 全国高校野球選手権大会は慶応高が前年度優勝校である仙台育英高を破って107年ぶりの栄冠を手にした。

 8月23日の決勝から、わずか4日後の27日、準優勝に終わった仙台育英の須江航監督は早くも新チームと共に宮城県大会のグラウンドに立っていた。

 県内の宿敵である東北高を相手に8-3の逆転勝ち。来春のセンバツ大会へ向けて、また険しい旅が始まった。

 4年ぶりの声出し応援に、炎熱対策としてクーリングタイムの導入。今年の夏の甲子園大会は高校野球全体を見ても、大きな転換点を迎えた大会だったと言えるだろう。

 そして、髪型自由で“エンジョイ・ベースボール”を合言葉に慶応高の優勝。一部では、あまりに圧倒的で熱すぎる応援に批判の声も上がったが、100年越えの栄冠だから、個人的には許容範囲と捉えたい。


 また、そんな慶応に負けず劣らず、賞賛の声が上がったのは仙台育英の「グッドルーザーたれ」という須江監督の立ち居振る舞いと「人生は敗者復活戦」の言葉だった。感動と共感は高校野球ファンの心を鷲掴みにして、決勝戦当日のSNS検索ランキングでは一時、慶応を越してトップに躍り出ている。

 前年の優勝時には「青春ってすごく密」の言葉でコロナ禍の球児たちの心情を例えて流行語大賞の特別賞を受賞。今大会前も「連覇」の言葉は使わずに「二度目の初優勝」や「日本一からの招待」を合言葉にした。選手たちに守りの姿勢になることなく、新たなチャレンジを意識させる配慮がうかがえる。


 仙台育英高の情報科教諭で40歳。これまでの高校野球指導者と言えば「熱血と鬼指導」のイメージが強かったが、須江は明らかに一線を画す監督だ。

 原点は若き日の下積み生活にある。育英高時代は2年秋からグラウンド・マネージャー。3年時には記録員として甲子園のベンチ入りをしている。

 八戸大進学後も華々しい球歴はなく、学生コーチとして裏方の道を歩み、卒業後は仙台育英の系列中学の監督として指導者となった。こうした苦労の日々が結実して2017年、前任の佐々木順一朗監督の後任として同校高校の指揮を任される。


今の時代にあった指導と、それを裏付ける言葉の力


 甲子園の激戦からわずか2日後の今月25日、須江監督は仙台市内で開かれた全国PTA関係者ら約6000人が集まる集会に講師として呼ばれ、「伝わる言葉、失敗から学ぶ」と題して自らの指導理念を熱く語っている。

「自分は言葉と知識しか提供できない」と前置きしたうえで、現代に即したリーダー論を熱弁。情報量の多い時代にあって、若者は小さい時から選択することに慣れている、としながら「相手が何を知りたいのか? こちらから聞くしかない」とコミュニケーションの重要性を説き、「一方的に叱ることはネガティブな感情を植え付けるだけ」と“須江流”の人心掌握術の一端を披露している。(26日付『河北新報 ONLINE』より)

 また、26日付の『ミヤギテレビ』のインタビューでは「大人に決定権があるのではなくサポートしながら子供たちが選択していく」と、生徒による主体性の大切さも語っている。

 こうした考えの下で、同校では練習メニューを部員で決めていく。同時にトレーナー、理学療法士や動作解析のスペシャリストらの力を借りながら科学的な強化策も打ち出す。上からやらされるのではなく、自分たちで目標を設定して鍛え上げる。ここに「モチベーター」としての言葉による“須江マジック”が加わるから常勝軍団は出来上がる。

 思えば、侍ジャパンを世界一に導いた栗山英樹監督も現役時代は必ずしもスター選手ではなかった。その分、現役引退後は学んで、教壇にも立つなど自己研さんを積んだ新しいタイプの指導者である。

 経験則だけに頼らず、今の時代にあった指導と、それを裏付ける言葉の力が選手たちのモチベーションも上げる。須江監督の言葉が心に響くのは、まさにそんな時代を切り取った表現力があるからだ。

 確かに、甲子園と高校野球は今、大きな転換点にある。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
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