2年間プロ未勝利だった右腕が今季急成長
4カ月前は“無名”だった右腕から、この夜は凄みすら感じた。
序盤からうなりをあげる直球に相手打者は圧倒され、途中までその直球と同じ軌道を描いて曲がっていく化球にバットは空を切る。
8月25日、タイガースの村上頌樹が上がったのは東京ドームのマウンド。
遡ること135日前の4月12日、同じ舞台で鮮烈なパフォーマンスを披露したことはまだ記憶に新しい。シーズン初先発で“7回完全”投球を披露して、そのままサクセスロードを駆け上がっていった。
あの日以前と以後の村上は別人だ。
それまで2年間、1軍で2試合に投げただけでプロ未勝利だった25歳が「4・12」を境にローテーションに定着し、7勝をマーク。
苦しい夏場もたくましく乗り越えて、一人前の先発投手として敵地のマウンドに帰ってきた。
ジャイアンツ戦は今季2度目の登板。4カ月前のリベンジを期す相手も対策を練ってきた中で、圧倒した。
「(4月の時と比べて)余裕を持って周りを見ながら投げることができた」
味方の失策で3回に1点を失ったものの、その後の二死満塁のピンチでは坂本勇人を高めのカットボールで空振り三振に斬るなど6回までリードを守ってバトンをリリーフ陣に託し、宿敵の前に再び仁王立ちする形で今季8勝目を手にした。
「チームのために腕を振って投げたい」
この夜は自責点0で防御率は1.89とリーグトップに浮上。この事実を喜んだのが、岡田彰布監督だった。
「防御率が(スコアボードに)載るんでね。見てるよ。トップになったんよな。せっかくのチャンスやから(タイトルも)取らせてあげたいよな」
三塁側ベンチからは球場のスコアボードに投球している投手のスタッツが表示され、防御率はリアルタイムで更新されていく。どんどん良化するデジタル表示の数字を気にしながらタクトを振っていたという。
4月の試合では完全投球のまま7回で降板させた采配に議論も生まれた。
指揮官も試合後に「完全試合いけたんかなぁっていうね。それはずっと頭の片隅に残ってますね」と本音を吐露したほどだ。続投か継投か“正解”がなんだったのかはいまだに分からないが、あの“完全投球”がフロックでなかったことを背番号41は108球の力投で示した。
「2桁まであと2つ。防御率ももっと良くしたいし、チームのために腕を振って投げたい」
あの時から背負うものも、マウンドから見える景色も変わった。チームの快進撃の象徴とも言える男は、ローテーションの柱としての自覚をにじませた。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)