野球ゲームの移り変わりから見るプロ野球史~第33回:ベースボールライブ2005
阪神タイガース、18年ぶりの6度目のリーグ優勝。気が付けば、アレから18年も経っていたことに驚かされる。
前回の阪神Vは、『電車男』が流行り、修二と彰の『青春アミーゴ』がヒットして、プロレスラーの橋本真也が亡くなり、愛知で「愛・地球博」(す、凄いネーミングだ)が開催された球団創立70周年の2005年のことだった。
野球ゲームは時代を映す鏡だ。今回はその05年に発売されたプレステ2ソフトの『ベースボールライブ2005』を振り返ってみよう。金本知憲や新庄剛志(SHINJO時代)ら、パッケージを飾る選手たちはすでに全員が現役引退しているが、2023年の夏の甲子園を沸かせた丸田湊斗(慶応高)らがまさに05年生まれの世代である。
長い時間が経った。当時はコナミの『プロスピ』シリーズとナムコの『熱チュー』シリーズが、激しくリアル系野球ゲームの頂点の座を争っていた。この『ベースボールライブ』はフジテレビプロ野球中継とのタイアップの関係もあり、前作『熱チュー!プロ野球2004』から改題されて発売されたものだった。
もちろん、05年から始まった目玉のセ・パ交流戦も収録。まだセ・リーグにCSはなく、パ・リーグのプレーオフを再現。ロッテ・小宮山投手の新変化球「シェイク」が使用可能。阪神タイガースの復刻ユニフォームや、千葉ロッテマリーンズの先発投手選択ユニフォームにも対応しており、メジャーで人気のレトロ復刻ユニをNPBでいち早く取り入れたのも05年の阪神だった。
ゲームパッケージ裏には「ファミスタ感覚のバッティングコース打ちも健在」「レイルウェイズなどオリジナルユニフォーム12種類追加!」といった往年のファミスタユーザーを取り込むための文言に加え、「なんと!あの内田恭子アナウンサーがゲーム初登場!」なんてパワープッシュ。
CMナレーションやハイライト進行などのボイス担当だが、当時のウッチー人気(サッカー選手の内田篤人ではない)を思い出させてくれる。
第1回WBCの前年でもあった2005年
本作の第一次岡田政権2年目の阪神スタメンは、「赤星・藤本・今岡・金本・スペンサー・シーツ・矢野・鳥谷」と並ぶ豪華仕様。
えっ、スペンサー? 実況の三宅正治アナが「ニューヨークを震え上がらせた!」と絶叫しているように、ヤンキースやメッツでプレー経験のあるスペンサーはこの年9本塁打を放ち、意外性の脇役として岡田阪神の初アレに貢献。今季で言う、8本塁打のノイジー的な立ち位置だ。
投手陣にはメジャー移籍前のエース・井川慶や、プロ野球史上最年長で最多勝を獲得するベテラン下柳剛らがいて、現一軍投手コーチの安藤優也も11勝を挙げている。
ちなみに、15歳でのドラフト指名が話題になったピッチャー辻本賢人は収録されていないが、ブルペンにはもちろんジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之の“JFK”が健在だ。
なお小学館から出ている公式ガイドブックでは、「主砲の金本の肩はDなので、終盤でもう打順が回ってこないようなら、守備固めに立川や桜井と交代させてもいい」と連続フルイニング出場記録にこだわらない岡田采配を推奨している。
ライバル球団の巨人には“史上最強打線”のタフィ・ローズや小久保裕紀、外野のキャプラーと“浅草ボーイ”こと抑えミセリのズンドコ助っ人コンビ……は置いといて、ダイヤのピアス姿の清原和博も登場する。
お馴染みの原監督……じゃなくて、哀しみの堀内政権2年目。なお、05年の堀内巨人はBクラスに終わり、清原は通算500号を達成するも、9月に左ヒザを手術してその年限りで退団へ。
前年リーグ優勝の中日は、「どんな時でも打つチームの花!」と紹介されるファンから愛されていた頃の立浪和義と落合監督が共闘。新戦力で横浜から本塁打王のタイロン・ウッズを補強した。
なお、黒田博樹や川上憲伸、上原浩治、岩隈久志、松坂大輔ら各球団のエースたちも皆メジャー移籍前である。選手の国外流出ラッシュが始まる直前で、大物選手たちの多くが国内球団間で動き、まだ巨人戦地上波中継も視聴率低下が囁かれながらも当たり前の風景として存在していた。
第1回WBCが開催されたのは、この翌年の06年春のこと。いわば、昭和から平成へと続く“旧来のプロ野球”の形がギリ存在していたのが、この2005年だったともいえるだろう。
新球団&新球場を収録も響いた出遅れ……
当時の製品版webページがまだ残っていたので確認すると、「間に合った!」と各球場新スタイルのシートや設備を再現したこともウリにしていて、東京ドームのエキサイトシートが設置されたのも05年からという事実を思い出す(外野広告看板にはエプソンの松浦亜弥バージョンが登場)。
そして、なにより2005年といえば、東北楽天ゴールデンイーグルスが38勝97敗1分、勝率.281という記念すべき1年目を戦ったシーズンでもある。
もちろん、フルキャストスタジアム宮城は新収録。楽天でプレイしてみると、田尾安志監督や元阪神のサイドスロー川尻哲郎の懐かしさより、球場の風景に驚かされる。
外野後方には現在の観覧車やメリーゴーラウンドはまだなく、見渡す限りの緑の木々とマンション。外野スタンド形状の細部取材は恐らく4月21日のゲーム発売日に時間的に間に合わず、宮城球場時代の芝生席のまま収録されている。
ちなみに、同年の『プロスピ2』は4月7日発売で、『ベースボールライブ2005』にとってライバルから2週間の出足の遅れはやはり痛かった。ユーザーは実際のペナント開幕直後に一刻でも早くプレイしたがるからだ(ナムコもそれを痛感したのか次作の熱スタからは再び06年4月6日の同日発売に戻している)。
ゲーム自体は熱チュー時代から続く守備時のダッシュキャッチの爽快感そのままに、俊足左打者の内野安打連発といった課題点も修正された寡作なのだが、それが伝わる前にプロスピに多くのユーザーが流れてしまった印象だ。
今思えば、リアル系野球ゲームは一時期、フジテレビ野球中継の全面的なバックアップもあったナムコがコナミをはっきりとリードしていただけに、惜しまれる05年のつまずきである。
あらゆることが変化したこの18年──。当時野球中継時に大量のテレビCMを流していた熱スタの新作は長く発売されておらず、プロスピもスマホアプリが主流になるなど野球ゲームを取り巻く環境も大きく変わった。
そして、『ベースボールライブ2005』で振り返ると、岡田阪神も前回優勝時のような大物移籍選手が投打の中軸を担う球団から、令和型の生え抜きの20代選手が主軸を張る編成へと時代に合わせたチーム作りを体現してみせたのである。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)