10月連載:曲がり角に立つ名門球団
巨人・原辰徳監督の退任が4日、発表され後任には阿部慎之助ヘッドコーチの昇格が決まった。17年間に及ぶ監督生活で積み上げた白星は1291勝。この間に9度のリーグ優勝と3度の日本一。球史に残る名将も、最後は2年連続のBクラス転落で幕を閉じた。
球界の盟主を任じ、常勝軍団と謳(うた)われた名門球団は、今、再建に向けた大きな岐路に立たされている。何が巨人を弱体化させて、どこに問題があるのか? その現状と今後の展望にも迫ってみる。
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原監督が担当記者に囲まれたインタビューの席で涙を流したと言う。
直前で行われたDeNA戦では山崎伊織投手が見事な投球で1-0の完封勝利。チームしても3年ぶりの“貯金”でシーズンを終えている。
「何と言うか、一言では語れないね」
最終戦のセレモニーでは「私の心境は一点の曇りもございません」と晴れやかな表情を浮かべた指揮官だが、3年契約の任期途中の退陣である。勝負師として戦ってきた男に悔しさがないはずはない。一方で肩の荷を下ろした安どの思いもあったはず。様々な思いが交錯した涙だったのだろう。
先月29日、山口寿一オーナーは、12球団オーナー会議終了後の囲み取材の中で、原監督の去就について「契約も含め、真剣に考える必要がある」と発言。その夜にチームのBクラスが決定すると、急遽、原監督と会談。席上、指揮官自ら辞意を伝え、後任に阿部コーチを推薦したことになっている。
しかし、この流れを額面通りに受け取る関係者は少ないはずだ。
原サイドからは、直前まで退陣の様子はなく、来季に意欲をのぞかせていたと言う情報がある。一方の球団側では来季に向けた編成の検討が8月頃から始まる。監督と言うチームにとって大きな骨格が、山口オーナーの言うように9月末時点で「これから真剣に考える」時期とはとても思えない。
巨人軍とは、親会社である読売新聞社グループの広告塔の役割も持つ。かつて、江川卓のドラフト破りの巨人入りでは、不買運動まで起こり発行部数に影響を与えたほどだ。今回の2年連続Bクラス転落では、球団にも原采配を含めたクレームが多く寄せられ、本社としても看過できない状態になっていた。
こうしたグループ全体の空気を呼んだ原監督が急遽自ら辞意を伝えたのが今回の退任劇の真意と見る。
第三次原政権が発足した19年。球団は「三顧の礼」で迎えている。それが全権監督だった。通常のグラウンド上の指揮だけでなく、首脳陣の人事、トレード、FAからドラフトや新外国人の獲得まで編成権も与え、GM職も実質兼ねた重責である。
1人の指揮官がすべての権力を握ることで、トップダウンの意思決定はしやすくなる。だが、反面、その判断が誤った時に歯止めは効きにくい。
暴力問題で日本ハムを追われる形になった中田翔選手の獲得。自ら招請に動いた桑田真澄投手チーフコーチ(現二軍総監督)との意見衝突から配置転換などは原監督の独断で行われたと言われている。権力が集中した名将の前には、意見を具申するコーチも少ない。フロントでも声を上げる雰囲気は生まれにくい。組織はこうした部分から崩れていくものだ。
巨人の指揮官は「常勝軍団」と言う金看板も背負っている。
確かに、野球の草創期から球界の中心に立ち、最多の優勝回数も誇ってきた。だが、今の球界に「常勝」など存在しない。ドラフトで戦力は均等化され、巨人以外にも資金力豊富な球団が生まれているから、トレードでもFAでも優位な位置に立つことは出来ない。こんな時代に、まだ常勝軍団と唱えること自体が滑稽に映って来る。
最終戦のセレモニーの中で、原監督から指名を受ける形で阿部新監督が誕生した。これも全権監督ならではの演出である。
今後は「オーナー付特別顧問」の肩書が用意された原前監督。ジャイアンツの伝統と魂を伝えていく役職だと言う。伝統も大切だが新時代の巨人を、どう切り開いていくのか? いつまでも「常勝」に縛られるのは、ファンも望んではいないだろう。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)