白球つれづれ2023・第42回
高校通算140本塁打の怪物・佐々木麟太郎選手(花巻東)が、日本のドラフトにかかることなく、米国への野球留学を決めた。
これまでも日本の高校から米国に進学した選手はいる。
1999年には坂本充選手が九産大九州からアリゾナウェスタン短大を経てロッキーズのドラフト24巡目に指名された。直近では東北高出身の西田陸浮選手がマウントフッド・コミュニティーカレッジを経て今年7月のドラフトでホワイトソックスから指名を受けている。ハワイ大には今春、智弁和歌山高から留学した武元一輝選手もいる。
また、変わったところではメジャーで16勝をマークしたマック・鈴木を記憶するムキもあるだろう。彼は滝川二高時代に自主退学。その後も野球の夢を追って渡米すると球団職員として就職後、ワンチャンスを掴んで1Aからメジャーまで駆け上がった。その後“逆輸入”の形で日本に帰国するとオリックスなどで活躍した。
それでも、日本のドラフト1位指名間違いなしと言われた佐々木のような逸材が、そのまま米進学後にメジャーを目指した例はない。
この夏、怪物の周囲は慌ただしい動きを見せている。
いきなり、日本球界のドラフトを経て、プロ入りするか? 大学進学の道を選ぶか? 前者では将来の大砲候補として最上級の評価を下す西武が最も熱心だと言われていた。後者なら父であり、花巻東の監督でもある佐々木洋氏が意中の大学として明治大進学を進めていたと言う情報も飛び交っていた。
ところが、9月に入ると佐々木本人が、渡米して大学の施設などを見学していたことが明らかになると、今月10日には本人の口から米野球留学の決断が語られた。
怪物の米野球留学決断は日本球界にどのような影響を及ぼすか
かねてから野球留学のメリットとして指摘されるポイントがある。
①日本球団からメジャーを目指すには、高卒選手の場合はFA取得まで9年かかるが、米大学なら入学3年後にドラフト資格を得る
②施設が充実していて、メジャー並みの強化も出来る
③試合数が日本の大学より多く、年間100試合近くの実戦経験も可能
さらに、佐々木洋監督が「判断材料の一つになった」と語ったように花巻東OBである菊池雄星や大谷翔平らメジャーリーガーからのアドバイスもあったと言う。それでも日本のドラフト1位指名なら契約金1億円、年俸1500万円間違いなしの「エリートコース」を捨てる覚悟は並大抵ではない。
184センチ、113キロの巨体から放たれる打球は怪物そのものだ。本人の夢も大谷らと同様にメジャーリーガーになる事。だが、プロ関係者の間でもその評価は分かれている。今夏を前に背筋痛で悩まされたように体力面の不安がある。選手として打撃は文句なしだが、守備や脚力面では時間がかかる、などだ。
日本と米国の指導法にも大きな違いがある。打撃フォームから注文をつけたり、守備、走塁でも細やかな指導が日本流の特徴なら、米国では短所よりも長所を伸ばすのが一般的で、練習時間も短い。どちらにも一長一短はあるが、佐々木家は米国流を選択したわけである。
怪物の米野球留学は、それだけでもビッグニュースだが、野球界全体に与えた衝撃も大きい。佐々木が米大学で期待通りに活躍して、最短21歳でメジャーリーガーが誕生すれば、現在の野球少年たちに与える影響は計り知れない。今でもNPB入りする有望選手の多くは将来の夢を「メジャー挑戦」と公言する。それが、大学進学時から米留学志望者が増えれば日本球界の空洞化さえ危惧される事態になるからだ。
今から28年前、近鉄からドジャースに入団した野茂英雄が日米野球の扉を本格的に開いた。以降、イチローや松坂大輔、松井秀喜らの先達が認知度を高め、今季の大谷翔平の本塁打王獲得で、さらにメジャーへの挑戦は前進した。
もはや、この波は誰も防ぐ手立てはない。気がつけば今季NPBの監督は12人中5人(ロッテ・吉井、楽天・石井、西武・松井、日本ハム・新庄、ヤクルト・高津)がメジャー経験者だった。少子化と野球人口の減少に悩まされる球界にやってきたもう一つの「黒船」にどう対処していくのか?
佐々木麟太郎問題は現在の「野球とベースボール」に一石を投じている。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)