コラム 2023.11.09. 18:00

“不動の将”が繰り出した勝負手【59年ぶりの関西シリーズを読み解く】

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日本シリーズを制し、スタンドのファンに手を振る阪神・岡田監督(右)と平田ヘッドコーチ(C)Kyodo News
 11月5日。阪神に新たな歴史と伝説が生まれた。

 日本シリーズ、オリックスとの「関西ダービー」は最終戦までもつれ込む激闘の末に4勝3敗で猛虎に凱歌が上がった。

 最終決着の第7戦の世帯別テレビ視聴率は関西地区で38.1%、瞬間最高では実に50%に達している。(ビデオリサーチ調べ、以下同じ)

 初戦が21.8%で、第2戦は15%と低調な滑り出しに見えたが、試合を重ねるごとに、数字ははね上がっていった。最後は関西人の2人に1人がテレビの前でかじりつき、大阪市の水道使用量は通常より20%減を記録したと言われる。つまり、トイレに行くのも我慢して阪神の38年ぶり日本一に酔いしれたと言うわけだ。

 オリックスの中嶋聡監督は“動く将”と言われる。シーズン中も実に135通りの打撃オーダーを組んで、流れを呼び込んできた。シリーズに入っても全試合で打順を組替え、伏兵・廣岡大志選手を抜擢したり、紅林弘太郎選手を3番に起用して勝負に出るなど工夫を凝らしている。

 一方の岡田彰布監督は対照的に“動かない将”として知られている。レギュラーは固定して、奇襲よりもオーソドックスな戦いを貫いてペナントレースを勝ち抜いた。このシリーズでもパ本拠地で採用されるDHは別にして、極度の不振にあえぐ佐藤輝明選手を5番から6、7番に降格させた以外は“不動”に徹している。

 そんな指揮官だが、短期決戦用の布石は打っている。その勝負手が、ことごとくはまり、日本一に駆け上がったと言っていい。第7戦を時系列で振り返ってみる。



①山本攻略の秘策

 初戦で対戦した山本由伸は難攻不落の絶対エースだが、岡田監督はストレート狙いを徹底させる。全投球の中で最も多いストレートに的を絞り、カーブやフォークを捨てることによって6回途中7失点KOにつなげた。この試合では逆にフォークを投げる時を狙って佐藤が二盗を成功させてゲームの流れを引き寄せた。第6戦では逆に山本が阪神の狙いを外すカーブの多投で雪辱を果たすが、シリーズの勝敗に大きな影響を及ぼす山本と宮城大弥の二枚エースに対して2勝2敗としたことが、勝敗のカギを握るポイントとなった。


②湯浅の1球

 1勝2敗で迎えた第4戦も7回に同点に追いつかれて、勢いはオリックスに傾きかけた。続く8回も二死一・二塁のピンチに指揮官が送り出したのは故障で長く戦列を離れていた湯浅京己投手。わずか1球でピンチを凌ぐと甲子園球場の空気が一変した。9回には大山祐輔選手のサヨナラ打で激勝。続く第5戦でも湯浅の登場で逆転勝ちにつなげている。

「湯浅が出れば球場の雰囲気も変わるからな」と岡田監督は語っている。熱狂的な甲子園の虎党を味方につけるしたたかな用兵だった。


③平田ヘッドの喝

同じく第5戦では終盤に中野拓夢、森下翔太両選手によるダブルエラーで手痛い失点。ここで岡田監督は平田勝男ヘッドコーチに命じて緊急の円陣を組ませている。気合いの再注入だ。すると奮起した打線は森下の名誉挽回の逆転三塁打などで一挙に6得点。日頃は「相手に劣勢を悟られるだけ」と円陣を好まない指揮官だから、突如の集合令は余計に威力を発揮した。


④短期決戦用の投手起用

最終第7戦では先発要員の伊藤将司投手を6回から中継ぎ起用。期待に応えた伊藤は3回を1安打無失点で抑えて日本一を決定づけた。オリックスも第3戦先発の東晃平投手をベンチ入りさせていたが、先発の宮城が打ち込まれた後に二番手で起用した比嘉幹貴投手が傷口を広げてしまった。シーズン中なら順当な投手リレーだが、後のない決戦なら東や、宇田川優希投手らの前倒し起用もあったのではないか? 悔やまれる。


 岡田監督は将棋好きで、アマ三段の実力の持ち主だ。その将棋で培った先を読む力、理詰めの戦法がここ一番の勝負手に見て取れる。

“不動の将”は大事な局面で動くことによって、日本一を手繰り寄せた。

 知将の鮮やかな天下取りだった。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)

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