関西の野球ファンにとって、一生忘れられない「至福の時」だった。
祝日の23日、日本シリーズで雌雄を決した阪神とオリックスが、同時に「優勝記念パレード」を行った。
午前に阪神が兵庫・三宮、オリックスが大阪・御堂筋をパレード。午後は逆のコースでファンの声援に応えた。沿道はどちらも鈴なりの人、人、人で歓声が鳴りやまない。59年ぶりの“関西ダービー”が新たな伝説を生んだ。
なかでも、万感の思いでパレードの主役となったのが、阪神・岡田彰布監督だろう。
2005年には阪神監督としてリーグ優勝を果たすも、日本シリーズではロッテに1勝も出来ずに完敗。それから3年後に虎のユニホームを脱いだ。
オリックス監督時代の2012年には、成績不振から解任の憂き目にもあっている。「紙切れ一枚での解任だった」と後に、岡田は当時の悔しさを振り返った。
ユニホームを脱いだ後は評論家として長いネット裏の生活。岡田の恩師でもある吉田義男元監督は阪神の球団幹部に何度か、岡田の監督復帰を具申したと言う。それでも夢が叶うまでには、さらに長い年月を要した。
頭髪は薄くなり、顔のしわも目立つ65歳の球界最年長監督。いくつもの恩讐を超えてつかんだ日本一だった。
今年の日本シリーズは、共にリーグを圧倒的な強さで勝ち抜いた者同士の対決に注目が集まった。
阪神・岡田vsオリックス・中嶋聡両指揮官は戦前、揃って「守り勝つ野球」と「投手力勝負」をポイントに挙げている。この時点では山本由伸という絶対エースがいて、宮城大弥、東晃平らの先発陣に宇田川優希、山崎颯一郎ら160キロに迫る快速球を駆使する強力中継ぎ陣を有するオリックスが、わずかに有利と言う声が多かった。
だが、決戦のふたを開けてみると、互角の勝負。後で振り返ってみると、第5戦のドラマがこのシリーズの明暗を分けた。
2勝2敗で迎えたこの試合は8回表の時点でオリックスが2-0でリード。先発の田嶋大樹が7回を4安打無失点でおさえ、後は“勝利の方程式”を繰り出せば王手をかけられる。指揮官も計算通りの展開だった。
ところが、二番手に起用した山崎颯が思わぬ乱調で走者をゆるして降板。続く宇田川も森下翔太選手に逆転三塁打を喫するなど、この回だけで6失点の大逆転負けを喫する。シーズン中ならほぼ、ミスのない鉄壁リレーが崩れ去り、阪神の王手を許した。大舞台ならではの緊張感が剛腕たちを狂わせたのか。この試合を取っていれば第6戦では山本が完投勝利を挙げているのだから、オリックスが日本一連覇を果たしていることになる。わずかなほころびが明暗を分けるのも短期決戦の怖さである。
シリーズ通算の投手成績を見てみると、阪神のチーム防御率が2.80に対して、オリックスは4.11。第1戦の乱調が響いて山本の防御率も4.91なら宮城も同4.22。さらに宇田川も同4点台で山崎颯に至っては16.20と両チームのワーストを記録している。
これに対して村上頌樹、大竹耕太郎、伊藤将司らの阪神先発陣はシーズンに近い安定感を誇り、加えて湯浅京己が決戦の流れを引き寄せる好投。さらに桐敷拓馬、島本浩也らの中継ぎ陣が無失点の好投で支えている。要所で彼らを巧みに使い分けた岡田監督の采配が光る所以である。
日本一を成し遂げた岡田監督には、セリーグから最優秀監督賞、今年最も野球界に貢献した者として正力賞が贈られるなど表彰ラッシュが続く。こうした中で指揮官を最も喜ばせたのは「ゴールデングラブ賞」に近本光司、大山祐輔選手ら5選手が選出されたことだろう。その中には今季から二塁にコンバートした中野拓夢選手や遊撃のレギュラーを掴んだ木浪聖也選手らもいる。ディフェンス力強化を打ち出した1年目に、守備の名手として球団史上最多5選手が選出されたのだから、これも新たな勲章だ。
「ザルの守り」と酷評され続けてきた守備が完全に解消されたわけではない。今季のチーム失策85は依然としてリーグワースト。それでも凡ミスは減ってきている。来季に向けて、このあたりが強化されれば岡田好みの守り勝つ野球はさらに精度を上げてくるだろう。
優勝パレードの喜びも一瞬。指揮官は次のチーム作りに知恵を絞っている。監督とはどこまでも過酷な職業である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
祝日の23日、日本シリーズで雌雄を決した阪神とオリックスが、同時に「優勝記念パレード」を行った。
午前に阪神が兵庫・三宮、オリックスが大阪・御堂筋をパレード。午後は逆のコースでファンの声援に応えた。沿道はどちらも鈴なりの人、人、人で歓声が鳴りやまない。59年ぶりの“関西ダービー”が新たな伝説を生んだ。
なかでも、万感の思いでパレードの主役となったのが、阪神・岡田彰布監督だろう。
2005年には阪神監督としてリーグ優勝を果たすも、日本シリーズではロッテに1勝も出来ずに完敗。それから3年後に虎のユニホームを脱いだ。
オリックス監督時代の2012年には、成績不振から解任の憂き目にもあっている。「紙切れ一枚での解任だった」と後に、岡田は当時の悔しさを振り返った。
ユニホームを脱いだ後は評論家として長いネット裏の生活。岡田の恩師でもある吉田義男元監督は阪神の球団幹部に何度か、岡田の監督復帰を具申したと言う。それでも夢が叶うまでには、さらに長い年月を要した。
第5戦のドラマがこのシリーズの明暗を分けた
頭髪は薄くなり、顔のしわも目立つ65歳の球界最年長監督。いくつもの恩讐を超えてつかんだ日本一だった。
今年の日本シリーズは、共にリーグを圧倒的な強さで勝ち抜いた者同士の対決に注目が集まった。
阪神・岡田vsオリックス・中嶋聡両指揮官は戦前、揃って「守り勝つ野球」と「投手力勝負」をポイントに挙げている。この時点では山本由伸という絶対エースがいて、宮城大弥、東晃平らの先発陣に宇田川優希、山崎颯一郎ら160キロに迫る快速球を駆使する強力中継ぎ陣を有するオリックスが、わずかに有利と言う声が多かった。
だが、決戦のふたを開けてみると、互角の勝負。後で振り返ってみると、第5戦のドラマがこのシリーズの明暗を分けた。
2勝2敗で迎えたこの試合は8回表の時点でオリックスが2-0でリード。先発の田嶋大樹が7回を4安打無失点でおさえ、後は“勝利の方程式”を繰り出せば王手をかけられる。指揮官も計算通りの展開だった。
ところが、二番手に起用した山崎颯が思わぬ乱調で走者をゆるして降板。続く宇田川も森下翔太選手に逆転三塁打を喫するなど、この回だけで6失点の大逆転負けを喫する。シーズン中ならほぼ、ミスのない鉄壁リレーが崩れ去り、阪神の王手を許した。大舞台ならではの緊張感が剛腕たちを狂わせたのか。この試合を取っていれば第6戦では山本が完投勝利を挙げているのだから、オリックスが日本一連覇を果たしていることになる。わずかなほころびが明暗を分けるのも短期決戦の怖さである。
シリーズ通算の投手成績を見てみると、阪神のチーム防御率が2.80に対して、オリックスは4.11。第1戦の乱調が響いて山本の防御率も4.91なら宮城も同4.22。さらに宇田川も同4点台で山崎颯に至っては16.20と両チームのワーストを記録している。
これに対して村上頌樹、大竹耕太郎、伊藤将司らの阪神先発陣はシーズンに近い安定感を誇り、加えて湯浅京己が決戦の流れを引き寄せる好投。さらに桐敷拓馬、島本浩也らの中継ぎ陣が無失点の好投で支えている。要所で彼らを巧みに使い分けた岡田監督の采配が光る所以である。
日本一を成し遂げた岡田監督には、セリーグから最優秀監督賞、今年最も野球界に貢献した者として正力賞が贈られるなど表彰ラッシュが続く。こうした中で指揮官を最も喜ばせたのは「ゴールデングラブ賞」に近本光司、大山祐輔選手ら5選手が選出されたことだろう。その中には今季から二塁にコンバートした中野拓夢選手や遊撃のレギュラーを掴んだ木浪聖也選手らもいる。ディフェンス力強化を打ち出した1年目に、守備の名手として球団史上最多5選手が選出されたのだから、これも新たな勲章だ。
「ザルの守り」と酷評され続けてきた守備が完全に解消されたわけではない。今季のチーム失策85は依然としてリーグワースト。それでも凡ミスは減ってきている。来季に向けて、このあたりが強化されれば岡田好みの守り勝つ野球はさらに精度を上げてくるだろう。
優勝パレードの喜びも一瞬。指揮官は次のチーム作りに知恵を絞っている。監督とはどこまでも過酷な職業である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)