『野球しかやってこなかったから』という意識を変えてもらうことがまず大切
難関の資格試験に挑戦する、突破する元プロ野球選手も増えている。奥村武博氏(元阪神)、池田駿氏(元巨人、楽天)は公認会計士試験に合格した。宮台康平氏(元日本ハム、ヤクルト)は弁護士を目指して東京大学の法科大学院に進学。寺田光輝氏(元DeNA)は東海大学の医学部に編入した。西谷尚徳氏(元阪神、楽天)は、立正大の准教授を務めている。
こう列挙をすればわかるように、プロ野球とは一見すると畑違いに思われる「知的な仕事」に転身した、転身しようとしている例が増えている。
宮台氏、寺田氏も「学び直し」からセカンドキャリアをスタートさせた例だが、日本プロ野球選手会も國學院大、新潟産業大、ビジネス・ブレイクスルー大学の3校と提携を結んでいる。その中でも、國學院大は高卒選手限定で、人数制限や面接などのハードルもあるが、入学金と年間学費相当額の給付を受けられて学び直すことができる魅力的なプランだ。國學院大は島孝明(元千葉ロッテ)、幸山一大(元福岡ソフトバンク)、岡林飛翔(元広島)といった元プロ野球選手が既に卒業している。
「広報の協力は一つの条件ですが、『他の学生のモチベーションアップにつながる』というのは、よく言われています」(森事務局長)
アスリート能力を活かし、プロ野球からプロゴルフ、競輪などに転身して成功したOBも過去にはいる。近年だと横浜、広島、西武で活躍した木村昇吾氏がクリケット選手に転身したが、これも日本プロ野球選手会が紹介したケースだという。
「『野球しかやってこなかったから』という意識を変えてもらうことがまず大切です。プロ野球選手は世の中にどういう仕事があるのか、意外に知りません。自分の趣味はなんだろうというところで、例えば自動車が好きなら『自動車関係にどういう仕事があるのか』と探してもいい。実際そういう感じで、新しい職に就いている選手もいます」(森事務局長)
資格取得の勉強に限らないことだが、セカンドキャリアへの「切り替え」には一定の時間が必要だ。森事務局長もそこを強調する。
「コンサルのような仕事に転職した選手は、自分でまず『何をやりたいか』を検討するところから入っています。ユニフォームを脱いだら、ある程度しっかり色んなことを考える時間を持って、選択して、就職してもらいたいと思います」
大切なのは経済的な余裕、分かりやすく言えば貯金だ。
「一番はやはりお金です。資格試験ならなおさら時間が必要で、その時期の生活費もかかります。プロ野球選手と言ってもみんなが稼いでいるわけではないですし、今は育成選手もいます。なかなか貯められない現実もあるので、そういう面でもサポートができないかなというのは考えているところです」(森事務局長)
また情報提供のタイミングは難しい。日本プロ野球選手会は10月のフェニックス・リーグ中に開催するセミナーや、11月・12月の退団者向け研修会など、折に触れてセカンドキャリアに向けた情報提供の場を設けている。とはいえ、選手たちが欲していないタイミングで、欲していない情報を届けることも生産的ではない。
さらに、良きセカンドキャリアを実現する方法は決して「ファーストキャリアを疎かにする」ことではない。仮に1軍で活躍できなかった、1軍に届かなかったとしても「やり切った」選手は強い。
「野球をしっかりやり切れていない状態で、未練を残してセカンドキャリアに進むのはよくありません。1軍でできなくても、もがいて、やり切って、ダメだった……。そのような『やり切った感』を持って、すっぱりユニフォームを脱いで、次を考えてもらうのが第一歩かなと思います」(森事務局長)
大切なのはまず全力で野球に打ち込むこと。可能なら引退後の「切り替え」に備えて金銭的な余裕を作ること。そして自分の可能性と適性を知り、選択肢を増やすことだ。
元プロ野球選手の秘めた可能性は間違いなく大きい――。それを余さず引き出すために、日本プロ野球選手会は今後も取り組みを続けていく。
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取材=大島和人
撮影=野口岳彦
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【前編】体力・努力・礼儀だけではない元プロ野球選手の“潜在能力”