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紆余曲折を経てプロ初安打 ロッテ・三家和真

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ロッテ・三家和真(C)Kyodo News

オフは内川らと自主トレ


 紆余曲折を経て苦労人のロッテ・三家和真が3日のオリックス戦で、嬉しいプロ初安打を放った。

 6回の守備から途中出場した三家は、9回に迎えたこの日の1打席目で、オリックスの左腕・山田修義が投じた初球のスライダーを振り抜くと、打球はレフト横に抜ける二塁打。スイッチヒッターの三家が放ったプロ初安打は、右打席だった。

 17年にロッテに入団してから三家は、右打席を課題にしており、ファームでは練習後に居残りで「右の自分の癖を修正するための練習。もともと昔からなんですけど、直さないと試合になるとそういう癖が出るとこうなるよと言われたりとかしていますね」と右打席で特打をしている場面を多く見てきた。

 昨年9月には「完全にまだ直りきっているわけではないですけど、普段から意識してできていますし、自分で考えながらよくなりつつある」と話していた。

 ロッテ移籍3年目を迎える今季にあたり、「体にしろ、技術にしろ何かを変えないとダメだと思って、勝負しないといけないと思った。内川さんといったらスゴイ打者。ひとつでも多く吸収できればと思って、お願いしました」と同僚の吉田裕太を通じて、内川らが行う自主トレに参加した。

 三家は自主トレで「色々内川さんも見てくださって、打撃のことも教えていただいたりしました。後輩ですけど鈴木誠也(広島)、上林誠知(ソフトバンク)とも一緒にできましたし、吸収することができました」と充実の2週間となった。

 同自主トレでは「せっかくトップを掴んでいるので、バチンと出さないといけないところを、1回緩んで振っていると言われた。そこも自分で気付いていた。そこもどうにかしたいなと思っていて、3人に同じところを言われました」と内川、鈴木、上林の3人から右打席での癖について指摘された。自主トレが終わった後も、癖の修正に励んだ。

 「教わったことを継続して、続けていって、あとは結果がついてくれば僕もうれしい。内川さん、鈴木誠也にもいい形で見せる事ができたらいいんですけど、すぐに結果が出るかは分からない。継続することによって、見えてくるものがある」。春季キャンプ前にこのように話していた三家は、二軍では課題にしていた右打席で本塁打を放つなど、少しずつではあるが結果を残してきた。継続して取り組んできた努力が右打席で、プロ初安打という結果につながった。

故障に泣いた広島時代


 三家は11年育成ドラフト4位で広島に入団したが、2年目に戦力外通告を受け、14年からはNPB復帰を目指してプロ野球独立リーグ・ルートインBCリーグの信濃、石川などでプレーし、16年11月に行われたロッテの秋季キャンプでアピールに成功してNPB復帰の切符をつかんだ苦労人。

 広島の育成時代は故障に泣き、1年目の秋に右膝を負傷し、秋季キャンプ、翌年の春季キャンプはチームに帯同せず広島でリハビリに専念。長いリハビリを経て復帰してからも、二軍で出場機会がなかなか恵まれなかった。夏のある日には、遠征に帯同できず、寮のテレビでひとり寂しく甲子園の中継を観戦し、遠征に向かうチームメイトを見送ることもあった。

 遠征に帯同できなかった場面が印象に残っていて、ロッテに加入した後、当時のことについて聞いてみると「正直、気持ちで落ちていたわけではないですけど、何しているんだろうなというのはありました。このままやったらホンマヤバイなというのはありました。周りが遠征にいくわけですから。メンバーに入っていないわけですから、悔しい気持ちはありました」と振り返る。

 その後、戦力外となりBCリーグの信濃、石川を経て、ロッテに加入した三家は、昨季は一軍の出場がなかったものの、二軍でチームトップの111試合に出場した。

 「体も大きくなったんじゃないですかね(笑)。高校出てすぐの時に比べると、体も強くなっていると思いますし、厚みとかデカさもそうですけど、1回怪我もしているので、ケア面はだいぶ意識しています」。広島時代は故障で苦しんだが、ロッテに移籍してからは故障で離脱するということがほとんどなくなった。

 広島時代、BCリーグ時代の経験、内川聖一らとの自主トレで学んだこと、そして現在プレーするロッテでの日々の取り組み、ひとつひとつの経験が糧となり、プロ初安打に結びついたといえるだろう。ただここがスタートライン。この1本をきっかけに、どんどん安打を積み重ねていきたいところだ。

取材・文=岩下雄太
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