白球つれづれ2018~第26回・新GMの誕生
都内のとある焼き肉店。店内には巨人、ヤクルト、西武各球団選手らのサイン色紙が所狭しと飾ってある。中でも目立つところに石井一久の文字が躍る。女将が石井の大ファンだからだ。
「カズさんは明るくて頭もいい、いつもいろんな人を連れてきてくれるのよ」
その石井が27日、東北楽天のGM(ゼネラルマネージャー、以下同じ)に就任した。44歳の若さながら、そのキャリアは申し分ない。ヤクルトのドラフト1位で入団後は若き奪三振王としてエースに君臨、その後はMLBの門を叩き名門・ドジャースなどで活躍、帰国後には西武にも所属。人望と卓越した野球理論で岸孝之(現楽天)や菊池雄星らに大きな影響を残している。
2013年に現役を引退してからは、あの吉本興業に契約社員として入社。元々がお笑い系の脱力キャラだけに、バラエティーにでも進出するのか?と思ったら違った。一般社会人として会社務めを体験するかたわら、野球解説者としてグラウンドに足を運び、なおかつ将来を見据えてスポーツマネジメントの勉強もしている。セ・パ両リーグだけでなくメジャーで貴重な知識を蓄えて幅広い人脈を作ってきた。だからこそ楽天の総帥・三木谷浩史のハートも射貫いたのだろう。
球団にとっては、窮地の末のGM要請だった。1月にチーム編成を一手に担っていた球団副会長の星野仙一が急逝、大きな屋台骨を失った。その影響もあってか、シーズンに入ると泥沼の連敗地獄。昨年、クライマックスシリーズまで進出して更なる上位躍進のはずが最下位に沈み6月には監督の梨田昌孝が引責辞任、急遽、平石洋介を監督代行に指名して戦いに臨むが依然として浮上のきっかけはつかめないでいる。
ある球界関係者は「本来なら、それなりの成績を残して、今オフに梨田が勇退してGM。新監督に石井の絵が描かれていた」と語る。真偽のほどは定かでないが、こんなチーム状態では一刻も早い再建策の検討を始めなければならない。その第一歩が編成の要であるGMの人選だったとしたら、石井は監督以上の大役を担ったことになる。
GMとは!?
日本のGMの歴史は意外に浅い。1995年にロッテが元ヤクルト、西武の監督を歴任した広岡達朗を就任させたのが第1号。この時は同時に監督に就いたB・バレンタインとその権限を巡って衝突して2年で退任。近年では中日の監督を務めた落合博満が「オレ流GM」として話題を呼んだが、自身の監督時代以上のチームは作れなかった。現在は巨人・鹿取義隆、DeNA・高田繁、日本ハム・吉村浩の3人が同職として精力的に動いている。
ところで、GMとはそもそもどんな職種なのか?漠然とチーム編成の総責任者とあるがその細部は意外と知られていない。直近で言えばドラフト会議に向けたチーム方針の策定と候補リストの作成。新入団選手がやってくるとなれば支配下選手枠の関係から来季の戦力外も出てくる。外国人選手の問題はどうする?オフの年俸査定だって担当は別にいても全体の球団戦略に関わる。楽天だけを例に取ればシーズン中に禁止薬物の検出で出場停止処分を受けたJ・アマダ―の問題も抱えている。細かい仕事まであげればきりがない。
ヤクルト時代の僚友として日本ハム監督の栗山英樹に石井のGMの話を振ってみた。「相手チームでもあるし、勘弁して」とはぐらかされたが一般論としてのGM職をこう語る。
「うちの吉村GMを見ていても一軍だけでなく二軍のあらゆる問題までに目を通し、球団間のこともある、本当にいつ寝ているのかな、と思うくらい仕事に忙殺されている。今の自分があるのもGMのおかげ。ただ、自分がやるかとなったらとても無理、そんな能力もないもの」
どうやら、相当のスーパーマンでないと務まりそうにない。
最下位からの脱出はもとより、ペナントを狙える強豪チームへ、星野仙一の遺志は初のメジャーリーガーGMに受け継がれた。荒波のなか、覚悟の大冒険が始まる。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)