復帰が「見送り」に…
7月24日(金)の阪神戦。中日・高橋周平内野手(26)にとって、この日は復帰戦となるはずだった。
一軍に合流し、シート打撃にも参加。だが、結果は昇格見送り。昨季、三塁のベストナインに輝き、ゴールデングラブ賞も獲得した男の昇格は、なぜ翌25日となり、スタメンでもなく代打での出場となったのだろうか…。
出場選手登録の欄に「高橋周平」の名前はなかった。コロナ禍のため、グラウンドでの直接取材はできない。記者はスマートフォンを取り出し、「どうしたの?」と連絡してみた。
返ってきたのは「今日ではないということです。出る気でした」という内容。知りたいことはたくさんある。でも、チームの内情を無理に口外させるわけにはいかない。記者はこの時点では「言える時が来たら、教えてよ」という内容を伝えた。
高橋は確かに、出るつもりだった。スタメンで出る気満々だった。
そもそものアクシデントは11日の広島戦(ナゴヤドーム)。三遊間へのゴロに対して、一塁へ全力疾走。右足を目いっぱい伸ばしてベースを踏み込んだ。セーフをもぎとった代償として、左太もも裏に違和感を覚えた。
診断は「左ハムストリングスⅠ度損傷」。このⅠ度というのが、高橋自身がゴーサインを出す理由だった。
筋膜の断裂や一部の筋繊維断裂はⅡ度、Ⅰ度は筋繊維が引き延ばされた程度の場合に出る診断とされる。高橋は登録抹消に抵抗し、「出たい」と訴えている。
一方、首脳陣の考えは、たとえ軽度だとしても再発リスクを考慮する。結果として、出場選手登録を抹消された。
一軍登録を抹消されると、再登録まで10日間を要する。14日に抹消されたから、24日が最短の登録可能日。
「もう大丈夫です。いろいろな方にお世話になって、走れるようになりました」
背番号3にとっては、満を持しての復帰戦。そこで待っていたのが、首脳陣による登録見送りの判断だった。
「自分が出ないとチームが危なくなる」
痛みには強い男──。
昨季、右手小指の剥離骨折、じん帯の靱帯断裂に見舞われた。一塁走者としてヘッドスライディングで帰塁した際、ベースに突いた。
当日の診断は剥離骨折。「次の試合も出ますよ」。パンパンに腫れた指を見ながら、断言した。しかし、翌日の再検査で、じん帯の部分断裂が分かると、「さすがに無理か」とリハビリ生活を受け入れた。
今季もそう。6月19日の開幕・ヤクルト戦(神宮)。4回、京田陽太の左邪飛で三塁からタッチアップ。ヘッドスライディングで生還している。その時、首がムチ打ちになった。
延長戦にもつれた5時間近いナイトゲーム。宿舎のベッドで眠りについたのは午前2時。目が覚めたのは5時だった。
「朝早く起きちゃって、何かおかしい、と。『あれ?首?ヤバいかも』と思ったら動きが悪くて…」
就寝からたった3時間。頭を下に向けられなかった。
開幕2戦目は14時の試合開始。いわゆる“ナイター・デー”。時間がないから焦りも出る。トレーナーのマッサージを受けて、何とか試合に出られる状況に整えた。
すると、3安打猛打賞の開幕戦に続き、2戦目も2安打をマーク。試合後、球団を通じて「状態はいいと思います。打ったことに関しては良かったです。良いところ、悪いところが必ずあるので整理してグラウンドに行きたいです」とコメントを出している。
本当は首が痛かった。でも、そんなことは言わない。トレーナーが体調を整えてくれる。勝利に向かって全力を尽くすチームメートもいる。だから、泣き言も言い訳も言わない。もうプロ9年目。グラウンドに出て、全力のパフォーマンスをする。その繰り返しだと主将は分かっている。
高橋は左太もも裏を痛めた後、チームスタッフに「自分が出ないとチームが危なくなる」と伝えている。
おごりでも何でもない。事実、スタメンから名前が消えてから、26日の阪神戦(ナゴヤドーム)までの13試合でチームは4勝9敗。借金は8まで膨らみ、両リーグ最速での20敗を喫した。
ベンチは再発リスクを考慮する。選手は「出る」と言う。3日遅れた抹消にも、スタメン回避にも、正解はないのかもしれない。
ただ、高橋が抜けたチームは負けが込むということは事実としてある。
文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)