平成の「グラウンドの詐欺師」…?
異例の「120試合制」で行われたプロ野球の2020年シーズンも、ついにレギュラーシーズンの戦いが終了。残すは21日(土)から開幕する日本シリーズのみとなった。
11月になると各地で引退試合やセレモニーが開催されるようになり、今季限りでユニフォームを脱ぐ選手たちがファンに最後の雄姿を見せた。
今回取り上げるのは、広島の3連覇に貢献した名捕手・石原慶幸だ。県岐阜商高から東北福祉大を経て、2001年のドラフト4位で広島に入団してから赤ヘルひと筋で19年…。巧みなリードとキャッチング技術で長らく扇の要を務め、通算1620試合に出場している。
打撃でタイトル争いに顔を出すような選手ではなく、タイトル歴も2016年にベストナインとゴールデングラブ賞があっただけ。レギュラー捕手でありながら、語弊を恐れずに言えば地味に、渋い働きでチームを支えてきたタイプの選手だ。
しかし、一方で話題を集めたのが、広島の伝説の捕手・達川光男を彷彿とさせるような“グラウンドの詐欺師”ぶり、そして不思議なプレーの数々。シーズン後に特集される「珍プレー好プレー」では、多くのファンに笑いを提供した。
今回はそんな石原の功績を讃えるべく、ファンの記憶に残る「トリックプレー」を紹介したい。
史上3度目の「珍サヨナラ負け」
「石原と珍プレー」といえば、まず大きな注目を集めたのが2006年9月7日の横浜戦(現・DeNA)ではないか。
5-5で迎えた延長10回裏、広島は二死満塁の大ピンチ。バッターは勝負強い佐伯貴弘。広島のリリーバー・永川勝弘が投じた4球目、これは三塁側へのファウルとなるも、佐伯がなにやら審判にアピールしている。
「バットが石原のミットに触れた」。すると、吉本文弘球審は「インターフェア(打撃妨害)」を宣告。出塁が認められ、これで三塁から藤田一也が生還。まさかの“サヨナラ打撃妨害”でゲームセットとなった。
プロ野球史上3度目という珍事に、マーティ・ブラウン監督も「あんなプレーは初めて見た…」と絶句。
“敗戦捕手”となった石原は「永川に申し訳ない」と平身低頭だったが、よりによって、この日が27歳の誕生日。何とも後味の悪いバースデーとなった。
「珍サヨナラ勝利」でリベンジだ!
そんな事件から5年後のこと。石原は、今度は珍サヨナラ劇のヒーローとなり、見事にリベンジを果たす。
2011年5月14日の巨人戦。1点を追う広島は9回、レビ・ロメロの暴投に乗じて4-4の同点に追いつき、なおも二死満塁という大チャンス。
ここで打席には石原。なんとしてでも走者を還したいと意気込んでバットを構えるも、その直後、ロメロの初球がいきなり左手首を直撃。サヨナラ押し出し死球となった。
石原はボールを避けようとした勢いで倒れ込んだが、そこからしゃがみ込んだ姿勢のまま、右手を突き上げてガッツポーズ。球場を沸かせた。
その後、ヒーローとしてお立ち台に呼ばれると、「え~、僕でいいのか迷いましたけど、チームが勝てて良かったです。みんながつないでくれたチャンス。それまで自分自身、打てていなかった。体に当たってホント良かった」とコメント。スタンドのファンを笑わせた。
あの達川を彷彿とさせる「究極のプレー」
そんな石原が、先輩・達川もやっていないような“究極のトリックプレー”で脚光を浴びたのが、2013年5月7日のDeNA戦だ。
1-4とリードされた6回。二死一塁の場面で、久本祐一が投げた井納翔一への初球が石原のミットに当たってこぼれ、ボールは井納の後方に転がった。
久本がボールの位置を指差しながら声を張り上げて指示を送るも、完全にボールを見失ってしまった石原は、その場でまごつくばかり。打席の井納も“役者”で、さりげなく右足でボールを隠したため、ますます分からなくなった。
これを見た一塁走者・石川雄洋は「しめしめ」と二塁へ走ろうとしたが、ここで石原が一世一代の“名演技”を見せる。
「オレはすでにボールを持っているぞ」とばかりにハッタリをかまし、グラウンドの砂を掴んで二塁送球をほのめかすと、石川は慌てて一塁に戻ろうとする。だが、「本当にボールを持ってるの?」と半信半疑の表情で再び二塁へ向かいかける。
すると、石原は再び「マジで送球するぞ!」とばかりに“一握の砂”でけん制。結局、石川は一塁に戻った。
そうこうしているうちに、「いい加減にしろ!」と言わんばかりにぶち切れた久本が本塁にダッシュ。ボールを拾い上げて一塁に投げる動作を見せ、石川を釘づけ。これでようやくいたちごっこに幕。ボールを見失っても、砂を使ったトリックプレーで進塁を許さなかった石原の勝ちとなった。
「死んだフリ」で進塁
石原は2016年7月27日の巨人戦でも、爆笑もののトリックプレーを披露する。
0-4の5回。広島は一死満塁で、田中広輔が二塁方向へライナー性の飛球を放つ。
これに対し、セカンドの山本泰寛は併殺狙いでワンバウンド捕球。二塁に送球して一塁走者・小窪哲也を封殺したが、一塁はセーフに。この間に三塁走者・下水流昴が生還し、広島は1点を返した。
このとき、二塁走者だった石原。一旦はダイレクトキャッチされると思い、二塁へ帰塁していたのが、併殺崩れのどさくさに紛れ、自らが「二封アウトになったフリ」をして、とぼとぼと三塁ベンチに向かって歩き出す。
巨人内野陣はすっかり演技に騙され、まったく注意を払っていない。石原は歩きながら、まんまと三塁を陥れた。
この年、広島は4年目の若手・鈴木誠也の“神ってる”大活躍で勢いに乗り、25年ぶりのリーグ優勝を達成したが、翌年は石原の“神ってる珍プレー”がV2への大きな推進力となる。
「空振りツーランスクイズ」…?
5月14日の巨人戦。5-1とリードした広島は、8回一死二・三塁の場面で石原に打席が回る。
カウント2-1から乾真大の投じた4球目、石原はスクイズを試みたが、外角低めへのワンバウンドになり、ボールに覆いかぶさるようにして必死にバットを伸ばしたものの、あと数センチ届かず、空振りしてしまう。
スクイズ失敗で三塁走者挟殺…と思いきや、なんと、ボールは捕手・小林誠司の目の前で大きく跳ね上がると、バックネット方向に転がっていくではないか。
この間に2人が生還し、「空振りの2ランスクイズ」という不思議なプレーになった。
広島は同年、宿敵・巨人を18勝7敗とカモにしてV2を達成したが、たったひと振りで「広島戦は何が起きるかわからない」と巨人を混乱させた“不思議を呼ぶ男”・石原の貢献抜きには語れないだろう。
文=久保田龍雄(くぼた・たつお)