プロ入り前に過ごした貴重な時間
最後の一言は、球児にどう伝わったのだろうか。
昨年12月、イチローさん(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が智辯和歌山高校を訪れ、野球部員を3日間指導した。最終日、別れの挨拶では「ちゃんとやってよ」と2度繰り返している。その模様はTBS『news23』内でも放送された。
同校出身で広島のドラフト4位ルーキー・小林樹斗投手(18)は、その全3日間に参加した。メディカルチェックと重なったため、最後の挨拶には立ち会えていない。それでも、練習中に「これからも常にチェックしているよ」と個人的に伝えられたという。
イチローさんには、3日間だけで途切れる関係ではないとの思いがあるのだろう。小林も「これからも見られていると思います」と笑って、レジェンドの顔を思い浮かべる。今後も終わることなく続く思い出なのだ。
レジェンドからの金言を胸に
「めちゃくちゃ特別な時間でした。本当に偉大な方でオーラがすごくて…。いろいろと聞かせていただいたことは、今後も自分の中でプラスになっていくのだと思います」
多くの部員が遠慮することなく質問に向かい、教えを請うた。一方で、プロ1年目を目前に控えていた小林には、プロ野球選手としての教訓が授けられた。
「これからは責任が生じる。今まで楽しかった野球を楽しめなくなる部分が出てくるけど、頑張れ」(イチロー)
金言は、精神論だけではない。指導初日にブルペン投球に向かうと、同氏が左打席に立った。おなじみのルーティンを毎球のように繰り返して、本気で投球に向き合ってくれた。
「両サイドに直球を投げ込めているから、なかなか打ちづらい。ツーシーム、カットボールは使えるね」(イチロー)。勇気を出して内角に投げ込み、全ての持ち球を披露した甲斐があった。
「自分のどういう部分が欠点になりそうですか?」
小林の問いに対し、日本が世界に誇る安打製造機の解答は「左肩の開きが早いと、どうしても球が見やすくなるから」というもの。打者目線の話を聞く相手として、これ以上は見当たらない。気付けば、ブルペン投球を終えてから10分以上も話し合っていた。
昨秋のドラフト会議前は、150キロ超の直球を武器とする本格派右腕として上位指名候補に挙がっていた。
「順位は関係ない。僕よりレベルの高い選手はたくさんいる。プロ入りできたことがうれしい」
結果的にはドラフト4位。イチローさんと同じだった。
例年、広島の高卒1年目投手は強化指定として三軍扱いとなり、シーズン序盤は土台づくりに励むことになる。その育成環境に、ゆっくりと腰を据えるつもりはない。
「1年目から1試合でも多く投げて、勝利に貢献したいと思っている。早く一軍のマウンドに立つことが目標です」
「ちゃんとやってよ」への返事は、取り急ぎ今年中に一軍登板して届けるつもりだ。
文=河合洋介(スポーツニッポン・カープ担当)