白球つれづれ2021~第7回・根尾昂
20歳の若者が沖縄に新たな風を巻き起こしている。
今月13日に行われた対DeNAとの練習試合で中日の根尾昂選手が躍動した。
「1番・ショート」で先発出場すると、4打数3安打の固め打ち。打球方向も右、左、中と広角に打ち分けて首脳陣に“NEW根尾”をアピール。打撃内容自体は詰まり気味だったり、ポテンヒットだったり満点回答とはいかないが、今の根尾にとって求められるのは実戦の結果だから、これでいい。
根尾昂の名前は今でも全国区だ。2018年のドラフト1位、4球団競合の末に与田剛監督の剛腕で地元・中日入りが決まった。まさに金の卵だが、入団1年目から右ふくらはぎの肉離れで出遅れ、2年目の昨季も一軍の厚い壁にはね返された。プロ通算成績は11試合の出場にとどまり、25打数2安打で打率は「.080」。気がつけば同期の藤原恭大(ロッテ)や小園海斗(広島)、吉田輝星(日本ハム)ら各選手の後塵を拝している。
母校・大阪桐蔭の先輩であり、中日のレジェンドエースでもある今中慎二氏からは「今年やらないと、先が危うくなる」と発破も飛ぶ。まさに勝負の3年目である。
ミスター・ドラゴンズの下で
来るべきシーズンを前に、重大な決断をした。首脳陣に直訴して遊撃手に専念する。入団後は出場機会を求めて外野にも挑戦したが、根尾の夢は日本一のショートになる事。それは現在のレギュラーであり、選手会長としてチームの信任も厚い京田陽太選手との争いに身を置くことを意味している。現時点では天と地ほどの開きがある。それでも退路を断って勝負を挑むあたりに決意のほどがうかがえる。
自主トレでは最多安打男の大島洋平選手に弟子入り。バットコントロールの巧みさはもちろん、一軍で活躍するうえで、体力不足も指摘された。そんな悩める根尾にとって、大きな転機となるかも知れないのが北谷キャンプで指導を受ける立浪和義臨時コーチの存在だ。
現役時代は「ミスタードラゴンズ」と称された立浪氏と根尾の共通点は多い。立浪氏がPL学園、根尾は大阪桐蔭で共に甲子園優勝校の主軸として活躍。ふたりとも遊撃を本職として、右投げ左打ちも一緒。プロとしては小柄な部類(根尾は1メートル77)も似通っている。
そんな打撃の達人が、真っ先に指摘したのが打席での“間”のとり方だった。具体的には、構えた時の「トップ」の位置が背中側に流れてしまい、グリップと左ヒジが体から離れてしまう。これではバットが最短距離の軌道を描くのは難しく、速球には差し込まれ、変化球の対応も難しくなる。
プロの世界は投手と打者、18.44メートルの間でコンマ何秒の差によって差し込まれたり、手が出ない状況が生まれる。立浪コーチによる指摘で何かをつかめば、3年目の打棒開眼も夢ではない。
「下克上」の条件
元々が練習の虫。中日の若手寮・昇竜館では朝食前の早出特打を行うため早朝5時起きで汗を流していたという。今キャンプでも全選手より早く室内練習場で7時過ぎからバットを振り続け、居残り練習も含めると9時間に及ぶ。猛練習によって、スイングスピードが上がり、体も一回り大きくなった。やっと、京田への挑戦のスタートラインに立ったと言うべきか。
その京田の守備は巨人・坂本勇人選手に匹敵すると言われるほどの名手だ。足も速い。根尾に付け入るスキがあるとすれば打って、打って、打ちまくることが必要となる。京田の昨年の打率は「.247」。少なくともそれ以上、3割近い打撃が下剋上の条件か。
根尾が入団した19年のキャンプでは京田の二塁コンバートが検討されたことがある。それほど、チームにとって期待は大きい。
親会社の中日新聞が重点地区とする岐阜出身で、少年時代は「ドラゴンズジュニア」に所属。根尾が活躍すれば苦戦が続くナゴヤドームの集客にも大きな期待が持てる。仮に今季、即レギュラー奪取とはいかなくても、その成長は手薄な野手陣の底上げにつながり、チーム全体の活性化をもたらすはずだ。
開幕へ向け、主力たちも調子を上げて来るだけに、根尾にとっては1試合、1打席たりとも気の抜けない戦いは続く。
気になる新ライバル物語。だから、今年の中日キャンプは熱い。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)