白球つれづれ2021~第13回・辰己涼介
3年目の覚醒なのか?変身なのか?は、もう少し時間が必要かもしれない。
だが、楽天・辰己涼介選手の記録的な一発がチームに最高の勢いをもたらしたことは間違いない。
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2021年開幕。球場にファンが戻り、プロの迫力あるプレーに酔いしれる。石井一久GM兼監督の初陣となった日本ハム戦。いきなり、度肝を抜いたのは辰己の打撃だった。
1回裏。先頭打者として打席に立つと、上沢直之投手の初球、145キロのストレートを流し打ち。左翼方向に吹く風にも乗った打球はレフトスタンドに着弾する。開幕戦の初回先頭打者本塁打は史上19人目だが、さらに初球という限定つきになると、パ・リーグでは1970年の山崎裕之(ロッテ)以来51年ぶりという希少価値の高い一発となった。序盤で相手エースを攻略するとチームは危なげなく白星を手にした。
この日の楽天のゲームは試合開始が午後4時。セパの他の試合はナイターだったから辰己の一発は今季12球団の第1号となる。
「(ドラフトで)競合した時に監督に引き当ててもらった。何とか1試合でも多く勝利に貢献して恩返しできるようにしたい」と、お立ち台で声を弾ませた。
“石井チルドレン”のひとりだ。18年のドラフト。藤原恭大選手(現ロッテ)を1位指名したが外すと、2度目の1位指名も巨人、ソフトバンク、阪神と競合。それでもGMに就任した石井現監督が左手で引き当てた。もう少しドラマを書き記すなら“外れ外れ1位”で阪神が指名したのが近本光司選手。辰己とは兵庫・社高校の2年先輩にあたる。その近本は新人特別賞を受賞し、2年連続盗塁王も獲得している。クジのいたずらはそんなドラマも生んでいる。
ベールを脱いだ怪物
今でこそ、怪物ルーキーと言えば阪神・佐藤輝明選手(近大出)の代名詞になりつつある。だが、3年前までの関西学生野球リーグは辰己の時代だった。立命大の強打者として1年からレギュラーを掴み、通算122安打は田口壮現オリックスコーチに次ぐ歴代2位。50メートル5秒7の俊足に、遠投は125メートルを記録して走攻守三拍子そろった即戦力と高い評価を受けた。
しかし、楽天入団後の2年間は通算打率が2割2分台とプロの壁に苦しんだ。自らを「野球バカ」と言うほど真摯な姿勢は、時に几帳面過ぎて考えすぎる性格がマイナスに働いていた。オフには伸び悩んだ過去を振り返って自身の弱点を洗い出して修正に励んでいる。その結果はオープン戦で12球団2位となる打率.385の好成績につながった。これまでにない感触を得て開幕を迎えると、いきなり最高の結果に結びつけたのだ。
田中将大投手の復帰や早川隆久投手の加入で王者・ソフトバンク打倒の一番手と目される楽天だが、頂点に立つには打線面でも課題はある。
昨年のチーム打率(.258)はリーグトップだが盗塁67はワースト。本塁打王の浅村栄斗選手を筆頭にひとたび火のついた打線は破壊力十分だが、1点を争うクロスゲームに必要な機動力や緻密さが課題とされてきた。特に1、2番打者の固定が急務だったが、辰己の成長で「1番・辰己、2番・小深田大翔」の理想形が出来てきたのは先々を考えても大きい。
15勝近くを計算できる田中が開幕直前で右ふくらはぎの挫傷で戦列離脱は痛い。昨年24本塁打を放ったステフェン・ロメロ選手のオリックス復帰に伴い、獲得した新外国人、ルスネイ・カスティーヨ選手の来日も遅れている。いくつかの誤算を埋めて前に進むためには“切り込み隊長”辰己にかかる期待は大きい。
「憧れているのはイチローさん。なりたいのは辰己です。去年の辰己は、今の辰己にはおらへんかなと思います」と関西弁でぶち上げたのは開幕直前のこと。目指すはイチロー二世ではなく、辰己一世?だ。
記録的アーチに次いで、打って、守って、走って、辰己の存在感が増せば、それはチームの快走を意味する。最高のスタートは切ったが、余韻に浸っている暇はない。
勝負の3年目は始まったばかりである。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
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※訂正とお詫び(2021年3月30日10時20分)
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初出時、近本選手が「新人王を受賞」とありましたが、正しくは「新人特別賞」でした。
大変失礼いたしました。訂正してお詫び申し上げます。