「ノリさん」との出会い
中日の、いや、球界のネクストブレイク筆頭候補と言えるだろう。
現役時代に404発のアーチを架けた中村紀洋打撃コーチに「飛距離にびっくりするわ」と言わしめたのが、20歳のスラッガー・石川昂弥だ。
ナゴヤ球場での秋季キャンプ。連日放った場外弾は、来季のプロ初アーチから柵越え連発への呼び水となる。
「もちろんですけど、ボクの知らないことをたくさん知っています。聞きやすくて、何でも教えてくれます。呼び方ですか?ノリさんです」
近未来の4番候補は早くも中村紀洋コーチの魔法にかかっている。中村コーチでも、中村さんでもなく、“ノリさん”。その呼び方がコーチの振る舞いを、選手との距離感を物語っている。
「打球が上がった」
“一般的”とされる指導とは違うから、石川は心を掴まれた。下半身よりも手に主眼を置くスタイル。
「手8割、下半身2割と言われています」
低めのボールもすくい上げるのではなく、上からボールを潰すイメージで。背番号2は喜んで話を聞きに行き、楽しそうにスイングをする。
「今まで教えてもらったことがなかったので新鮮です。意識するのは下半身ではなく手。ビックリしました。やってみると、飛距離も出ました。続けています」
バンテリンドームナゴヤと同じサイズのナゴヤ球場。左翼フェンス後方にある防球ネットを越える打球を放つのはもはや日常の光景。
「ラインドライブするのが悩みだったんですが、打球が上がりました」
ニコニコしながら、その手ごたえを語る。
「手を動かさないとボールは打てない」
では、中村紀コーチが手に意識を置くスイングを身に付けたのはいつごろか…。
「タイトル獲った時くらいちゃいますかね」
高卒で近鉄入りして9年目に39発を放ち、本塁打に輝いたから…そのとき、20台の後半。
「手でバットを持っているわけですから、手を動かさないとボールは打てないというシンプルな考えです。企業秘密になるか分からないんですが、足を使うと手が出てこないのは基本です」と説明する。
常識を捨て去り、理論を構築した。
米国に挑戦した後、オリックスから中日、楽天、そして横浜と渡り歩いたバットマン。
現役時代にともにプレーした立浪和義新監督からのラブコールに応え、浜松開誠館高校の非常勤コーチを退任。入閣を決意した。
勝負のプロ3年目へ
将来を嘱望される石川昂弥。あとは、「ケガさえなければ」。
今季は6月25日のウエスタン・リーグ阪神戦(鳴尾浜)で左手首付近に死球を受け、左尺骨を骨折。骨接合術を受けて、10月のみやざきフェニックス・リーグで実戦復帰した。
9試合の出場で27打数7安打、打率.259で本塁打は0。今季の一軍出場はなく、フェニックスでも柵越えを放てなかった、くすぶっている状況。しかし、新コーチの助言で、止まっていた時計は動き始めた。
ほかにも、ノリ流指導で素材開花を狙うのは、京田陽太や高橋周平らがいる。竜戦士たちの心は、中村紀コーチにつかまれた。
来季開幕は3月25日、敵地での巨人戦。新生・立浪ドラゴンズが、牙を研ぎ、宿敵をたたきのめす準備を進めている。
文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)