プロ初昇格、初勝利に初ホールド
コロナ禍の取材態勢となり、プロ野球も2シーズンが経過した。
この間、現場で選手と対面することはほとんどなくなり、顔見知りの選手ならまだしも、新入団や若手選手へのあいさつもままならない状況になった。
そんな中、先日「初めまして」と鳴尾浜球場で名刺を渡した相手は、阪神の高卒2年目・及川雅貴。
シーズン中に見てきた、力強く左腕をしならせるマウンド上での姿とは対照的に、「あ、よろしくお願いします」と穏やかに笑う顔は、どこにでもいそうな20歳の青年そのものだった。
あどけなさすら感じる細身の身体には収まらないほどの多大な経験を積んだのが、この1年。プロ初昇格から初勝利、初ホールド、チームの熾烈な優勝争い…。刺激的な毎日を過ごしてきた。
初白星の1カ月後に味わった厳しさ
1年目からファームで先発として経験を積んできたものの、一軍のチーム事情もあって、中継ぎとしてチームで5番目に多い39試合に登板。セットアッパーの岩崎優につなぐ「7回の男」として送り出される場面もあった。
まだ2年目、まだ20歳。抑えた快感も痛打された悔恨も、今はすべてが来季以降の成長と進化につながる時間だ。未知の世界だったブルペンで身を持って感じたことは少なくないという。
「初球の入りだったり、1球の大切さであったり。先発やっていて、どうしてもピンチの場面でも同じような投球を続けてしまう。中継ぎに入ってからはピンチの場面でマウンドに立つこともありますし、そういうことを考えたら初球の入りとか。1球を大事にするようになった」
学びの裏には、苦い経験がある。
甲子園で行われた6月26日のDeNA戦。1点優勢の6回無死一塁の場面でマウンドへ向かった。僅差での起用は初めてで、指揮官の抜てき。応えたい思いは当然ながら強かった。
一死二塁となって初球、内角低めに投じたスライダーを桑原将志に捉えられ、バックスクリーンへの逆転2ランを被弾。そのままチームも敗れた。
「(プロでも)しっかり投げきったら抑えられるというイメージがあったので。初球の入りを大事にストライクからボールになるスライダーを投げたんですけど、それをバッターは張っていた。良いところに投げたんですけど、打たれた。それだけですね、投げきって打たれたのは」
プロ初勝利の1カ月後に喫した初黒星には、足を踏み入れたこの世界の厳しさや恐さ、これから自身が乗り越えていかなければいけないものが詰まっていた。
「同級生にできてるんだったら…」
登板数だけでは量れない経験値が、来季以降のキャリアの道筋を照らす。
矢野燿大監督は、来季の起用法に関して先発に再転向させることを明言。及川もすぐに呼応した。
「どの場所でも全力で投げるっていうのは変わりないですけど、先発でやらせていただけるんだったら、それ以上うれしいことはないと思いますし、先発として一軍のマウンド立てるようにしっかりやっていきたい」
同世代ではヤクルト・奥川恭伸、ロッテ・佐々木朗希が、チームの主戦投手としてポストシーズンでも大舞台のマウンドを託された。一歩先を走られても、まだ“号砲”は鳴ったばかりだ。
「自分で限界を作っちゃいけないとは思っているので。同級生にできてるんだったら、自分にもできる可能性もあると思いますし。限界を作らずに自分でもできる可能性はあると言い聞かせてやってます」
“限界突破”を繰り返し、及川はライバルたちを追いかける。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)