怪物の再起なるか!?
「藁にもすがる」とは、このことか?
阪神の藤浪晋太郎投手が、20日から始まった巨人・菅野智之投手の沖縄・伊良部島での自主トレに参加すると、明らかになったのは今月16日のことだ。
菅野が契約更改終了後の会見で「突然、連絡が来て“お願いします”と言われたので、いろいろ話をして一緒に頑張ろうとなった」と。異色コラボの舞台裏を明かした。
数年前まではハワイで自主トレを行ってきた菅野だが、コロナ禍により昨年からは沖縄に変更、今年も中川皓太、鍬原拓也投手らチームの同僚が参加する。そこへ、藤浪から突如の合流志願。一部マスコミでは“禁断の弟子入り”と報じられるなど話題を呼んでいる。
2人は12年ドラフトで共に1位指名の同期入団。この年は大谷翔平選手も日本ハムに入団している。
だが、その後の働きはあまりに大きな差がついた。菅野が1年目から大車輪の働きでエースの座を掴むと、MVP、最多勝、最優秀防御率などのタイトルを総なめして球界を代表する投手に成長。一方の藤浪は入団後の3年間は2ケタ勝利を上げて、怪物ロードを歩むかに見えたが、その後は制球難に苦しんで失速してしまう。
今月8日に行われた契約更改では6年連続ダウンの4900万円(推定、以下同じ)でサイン。16年には1億7000万円まで跳ね上がったサラリーは激減している。今季も開幕投手を任されたものの、結果が出せずに二軍落ちや中継ぎ転向を余儀なくされて3勝止まり、防御率も「5.21」では文句も言えない。
そんな藤浪が菅野を頼る背景には、いくつかの動機が見え隠れする。ひとつは来季こそ、先発復帰を誓う背水の陣にあって、先発完投の見本でもある菅野のエースとしての心構えや調整法を学ぶこと。ふたつ目はコントロールに苦しむ男にとって制球力抜群の菅野は生きた手本だ。一時は死球の多さから、満足に投げられない「イップス」説も流れたほどで、投球のイロハから学ぶには最適な教師である。
ライバル球団同士ファンの胸中は?
もっとも、復活を期す阪神の元エースが、最大のライバル球団である巨人の菅野に弟子入りすることには、違和感を覚えるファンも少なくない。
近年の自主トレでは、球団間の垣根を乗り越えて汗を流す光景は珍しくない。巨人の岡本和真選手は毎年、西武の「おかわり君」中村剛也選手の下を訪ねて球界屈指のスラッガーに成長した。今オフにはソフトバンク・柳田悠岐選手が佐賀・嬉野で行う自主トレに日本ハムの清宮幸太郎、ロッテの安田尚憲選手ら将来性豊かな長距離砲が集結する。
しかし、「企業秘密」という観点から言えば投手同士の交流は、より濃密になる可能性は否定できない。新たな球種ひとつをマスターすることで投球の幅が広がり、勝てない投手が大変身を遂げる場合もあるからだ。菅野の自主トレには過去に阪神の西勇輝投手も参加したことがある。だが、これはエース同士の交流であり、スランプに悩む藤浪のケースとは違う。
もし、仮に来季の藤浪が低迷期を脱してエースの座に返り咲いた時、もし、阪神が巨人やヤクルトを倒して優勝した時に巨人ファンは素直に拍手を送れるだろうか? 複雑な思いを抱くことは想像できる。打者以上に投手の働きはチーム成績に直結するからだ。
過去にも広島時代の前田健太(現ツインズ)やダルビッシュ有(現パドレス)らと共にトレーニングした藤浪だが、結果はついてこなかった。関係者の中には「プライドが高く、投手コーチのアドバイスにも耳を貸さない」と精神面の甘さを指摘する声もある。要は菅野師匠の下で自らを変えていけるのかが大きなポイントになる。
菅野も今オフは海外FA権を取得しながら、行使せずに巨人残留を決めた。こちらも度重なるコンディション不良で登録抹消を繰り返して6勝止まり、自ら申し出て8億円の年俸は2億円ダウン。来季の完全復活を期す。
山本由伸投手(オリックス)の完全無欠の投球に、奥川恭伸(ヤクルト)、佐々木朗希(ロッテ)投手らの成長。球界の新陳代謝は激しい。
もう一度、大エース復活を誓う菅野と忘れ去られそうな元怪物・藤浪。禁断とは言わないが、違和感は残る異色のタッグがどんな効果と波紋を呼ぶのか。興味深いことは間違いない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)